2026年観察会&読書会スケジュール

まだまだ寒い日が続いていますが、本年の観察会&読書会スケジュールが決まりましたので、お知らせします。

観察会は、恒例の「アカガエルのたまごをみる」を皮切りに、全11回を予定しています。「海浜植物の花をみる」「ヒメボタルの観察会」「ヘイケボタルの観察会」など一つのテーマでの観察会。ある場所の環境を知りながら、季節の生きものや花の様子を観察する「春の観察会」「初夏の観察会」。昨年からはじめた名古屋市内での「天白渓観察会」。3~5月は、とくに盛りだくさんで開催しますので、ご予定頂けましたら幸いです。

読書会は、今年から新しく「モンテッソーリ読書会」を始めます。テキストを通し、マリア・モンテッソーリの仕事の本質的な部分を考えるとともに、1960~70年代、モンテッソーリ教育が普及し始めた頃に指導されていた方々の想いを知り、子どもたちが学び育つ環境について考えていく会です。

「椋鳩十を読む会」は、歌の練習をしっかりと取り組んでいきます。課題図書は、「大造じいさんとガン」「片耳の大鹿」「孤島の野犬」など、九州を舞台にした作品を取り上げます。初めての方も、お気軽にご参加ください。

本年も、観察会、読書会を通して、自然や文学について、楽しみながら考えていこうと思います。たくさんのご参加、お待ちしております。

 

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SCENE in the pen. 102

“White dandelion”

A new year has begun. By the pond where winter ducks have arrived, white dandelions were in bloom. These white dandelions bloom even in winter. Soon, pale yellow dandelions will bloom. Those pale yellow dandelions are a rare variety in this region. [January 2026]

Taraxacum albidum

 

カモの群れがやって来ているため池のそばで、シロバナタンポポが咲いていました。このあたりで冬に咲くタンポポは、シロバナタンポポ、セイヨウタンポポ、キビシロタンポポ。薄黄色のキビシロタンポポは中国地方に多いタンポポで、東海地方では珍しい種類です。

 

<Traduction en français>

SCÈNE dans la pen. 102  “Dent-de-lion blanc”

La nouvelle année est arrivée. Près de l’étang où viennent les canards, Des dent-de-lions blancs étaient en fleurs. Les dent-de-lions blanc fleurissent même en hiver. Dans peu de temps, les dent-de-lions jaune pâle fleuriront. Ces dent-de-lions jaune pâle sont une espèce rare dans cette région. [Janvier 2026]

 

春を待ちながら

2026年が始まった。元日はゆっくり過ごし、2日の早朝、それほど人出が多くない時間に熱田神宮へ初詣。年末から新年は写真の整理をしようと決めていたので、家に帰って、まだファイリングしていない写真を一枚ずつ確認しながら、A4用紙にプリントし始めた。

最初に着手したのは、2024~25年に訪ねた各地の写真。普段から写真を撮ったらその日のうちにプリントアウトする。「知多半島をめぐる」はもちろん、「名古屋野歩き」(名古屋市内の緑地や川などで撮ったもの)、「伊那谷の四季」(喬木村や伊那谷で撮ったもの)、「家」(家で撮った生きものや花)は、ファイリングしてある。プリントしていないのは、それ以外に行った場所。和紙の里を訪ねた越前。変形菌について教えていただいた瀬戸。三河と伊那谷を結ぶ地域である設楽や明智。京都の深草にある大岩山などの写真である。ほとんどの場合、他の用事も兼ねているため、撮っている時間は長くない。けれども、それらの土地で出会った生きものや植物は、知多半島では見かけないものもある。当日のことを想い出しながら、ところ変われば、在るものが変わることをあらためて考えた。

5日は、上知我麻神社の初えびす。深夜からえびすのお札や、福熊手を買い求める人たちでにぎわう。この日を仕事始めにしているところも多い。午前中、「はたらきえびす」の札を買いに神宮へ向かう。子どもと一緒に来ている人たちもいるが、スーツ姿の人たちが多い。最近は着物姿で初詣をする人をほとんど見かけなくなったが、仕事柄だろうか、着物姿の人たちもそれなりに見かける。神社でお詣りし、熊手や札を買い求める列に並ぶ。となりの列のほうが、進みが早かったが、まあ仕方がない。並びながら、年末のある日暮れ前、上知我麻神社への道を聞かれたことを思い出した。伝馬町の交差点で女性に道を聞かれて、話を聞くと、お子さんが明日から海外に出掛けるので、お祓いをしてもらおうと思ったのだが、受付が16時までなので急いできたとのことだった。時計を見ると、あと15分ほど。道を教えると、急ぎ足で南門の方へと向かわれた。無事、間に合っているとよいけれど。

初えびすから家に帰ってくると、いよいよ新しい年が始まったという心持ちになる。早速、知多半島で撮った生きものの写真を整理し始める。写真による生きものの記録は、以前から考えていて、2020年2月から23年5月までのものは、「はなやすり観察会報告会」のときに整理して資料にした。それ以降の2年半分のファイルを、この日から一週間かけて再度確認していった。そろそろやらないと、と思っていたので、年初に出来てよかった。

さて、これまでに撮影してきた生きものの内訳は、昆虫246種。は虫類8種。両生類6種。鳥類28種。ほ乳類2種。クモ類10種。陸生貝類3種。貝類11種。カニ類10種。魚類5種。その他25種。イモムシなどの幼虫や、小さなハチ・ハエの仲間など、種が同定できていないものは数に入れていない。分かるように撮れている成体にかぎった数で、合計354種だった。ちなみに雌雄は、どちらかが撮れていればよいとしている。

観察会でも携帯しているポケット図鑑「日本の昆虫」(文一総合出版、2013)は、身近に出会う昆虫を中心に、2巻で1400種が紹介されている。246種は6分の1ほど。ポケット図鑑は知多半島では出会えない昆虫もたくさん含んでいるし、撮っていて、載っていない昆虫も数多い。身近な昆虫といっても、本当にたくさんいるのだ。身近にいるとされていたが、出会える機会がずいぶん減った昆虫も多いだろう。今年は、水生昆虫や、鳴く音は聞くが姿を見ていないコオロギやキリギリスの仲間、家畜の糞に集まるコガネムシ、出会えていないトンボやチョウなどを気にしながら、観察していこうと思っている。

昆虫以外では、まず両生類。ヒキガエル、サンショウウオ、イモリは、観察を始めた当初から探しているが、まだ出会えていない。ほ乳類は、イタチは春によく見かけるが、遠目にこちらを見つけると、すぐに隠れてしまう。タヌキも夜行性だからか、なかなか出会わない。ノウサギは一度だけ遭遇。キツネの親子も一度見かけている。鳥類では、フクロウの仲間が知多半島にもまだいるようなので、鳴き声だけでも聞いてみたい。ほかにも、川の調査も出来たらと思っている。海の魚を知るために、釣りをしてみるのも良さそうだ。昨年のトビハゼ探しでは、トビハゼは見つからなかったが、カニの仲間とは、たくさん出会った。

今年は、どんな生きものと出会えるだろうか。立春、そして生きものが動き出す季節、啓蟄の訪れを楽しみにしながら、まだしばらく、写真の整理を続けようと思う。

 

 

一年の終わりに

14日に「モンテッソーリ読書会」の準備会を開催した。マリア・モンテッソーリの孫である、マリオ・モンテッソーリが1970年代に行った講演を、アメリカのモンテッソーリ教育の実践者、ポーラ・P・リリヤードが編集した「人間らしき進化のための教育」(ナツメ社)を読むという会である。日本語に翻訳をしたのは、エッセイ「一枚の写真から」にも登場した、教育者・周郷博。さまざまな縁があって、モンテッソーリ教育にまつわる読書会を始めることにしたのだけれども、参加してくださる方と一緒に、丁寧に読み解いていけたらと思う。来年2月22日、第一回が、とても楽しみな準備会だった。

「コスミック・タスク」という言葉がある。これは、マリア・モンテッソーリが大切にしていた概念で、「地球全体のすべてのものがつながっていて、あらゆる生物は互いに関連を持ちながら、自立と調和と秩序という、実に複雑な課題をこなしながら、互いに成長・発達する『コスミックな仕事』をしている」というものである。

子どもは、自分たちが住んでいる土地を知るために、小学校に入ると、まず身近な地域から認識する。その前に、モンテッソーリ幼稚園では、地球誕生から現代に至るまでの時間的な「今」と、広い世界の中で自分が今、暮らしている、「ここ」に気づかせる。広い地球上で自分が今どこに生きているか、環境を認識してから地域の勉強をすると、自分が暮らしている土地と、その先にある地域を、つながりをもって捉えられそうである。

「コスミック・タスク」という考え方は、今の時代、とても大切だと私は思っていて、準備会でも、新聞記事を使って話した。翌日、話したことを思い出しながら書いたメモは、もう少し整理された文章になったので、参考までに、ここにも書いておこうと思う。

「地球が、あまたある循環の交わりによって成立していると考えてみる。小さな循環。大きな循環。狭い循環。広い循環。どこかで循環の乱れが生じる。その乱れによって、その環境を構成している要素に軋轢が生じる。その構成要素たる生物、植物だけでは、その軋轢を解消することができない。となると、循環の調整者であり、考える能力をもった人類の登場である。他所の循環における余剰物を検討する。両循環での効果を検討して、移動させて良いものを選び、循環構成物の引っ越しを担う。移動させた先で軋轢が解消されれば、環境は正常に保たれる。人類のコスミック・タスクは、軋轢の解消、環境の正常化。それらを、継続することなのだろう」(2025年12月15日)

具体的な何かを説明した言葉ではないので、イメージを描くのは難しいかもしれない。読み直しながら、自分でも、そう思う。準備会での話と重ねてみると、シカが増えて高山植物を食べてしまう状態は、シカの循環と高山植物の循環に軋轢が生じているから。なんとなく伝わるだろうか。もちろん、移動に細心の注意が必要なのは言うまでもないだろう。

23日、新美南吉記念館を訪ねた。来年1月までの企画展示は「絵に描かれた昔の岩滑」。南吉の後輩で日記にも登場する、石垣藤九郎さんが描いた岩滑の絵から、ふるさとの風景を紐解く、地元ならではの展示だった。ふるさとの人たちの南吉への愛情は、みな温かい。

展示では、子どもが世界を捉えていく、南吉の描写が紹介されていた。「かうして子供の外への第一歩が成功する。やがて、家の裏と横の樹木、向ひ側の家、その南にある井戸、更にその南の鍛冶屋、鍛冶屋の筋向ひの煎餅屋、煎餅屋の東の家鴨小屋、それらのものゝ間に通じてゐる、細いのや太いのや、石の多いのや砂の多いのや、草の生えるのや又生えないのや、様々の曲りくねつた道と、子供の世界は飽くことなく拡大されてゆく」(「家」より)。

子どもたちは、自分が生きていく環境を、こうして把握していくのだろう。

 

12月に入る直前、寒さのためか、急に腰を痛めてしまって、予定をキャンセルしないといけなかった。楽しみにしていた予定もあり、残念だったけれど、少し休んだ方がいいということだろうと解釈し、無理せず生活していた。痛めてから数日は、前屈ができず、靴下を履くのも一苦労だったが、2週間ほどで痛みは治まり、今は平気である。

冬になると、腰痛にかぎらず、体調を崩すという人は、案外多いのではないだろうか。新しい年の始まりを元気に迎えられるよう、無理せず、年末年始をお過ごしください。

今年も一年間、エッセイを読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

椋鳩十を読む会・1月

奇数月第3土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。椋鳩十の文学作品を読み解きながら楽しく活動しています。今回は、以下の内容で行います。

〇日程/2026年1月17日(土)13:00~16:30

〇場所/昭和生涯学習センター・第2集会室

〇アクセス/名古屋市営地下鉄「御器所」駅下車。2番出口を出て、御器所ステーションビルを右折し真っすぐ5分ほど歩くと着きます。有料駐車場有り(1回300円)。

地図はこちら → 昭和生涯学習センターの場所

〇参加費/大人500円、子ども(小学生以下)250円 ※資料代、会場代に使用

〇内容/①話題「近況報告など」 ②読解「椋鳩十と戦争」~第五章 ③歌の練習 ④課題図書「大造じいさんとガン」

〇備考/・「大造じいさんとガン」は「椋鳩十の野鳥物語」(理論社)に収録されているほか、多くの本で読むことができます。・「椋鳩十と戦争」(多胡吉郎著/書肆侃侃房、2024)は、「第五章」を読み解きます。・今回も椋鳩十の詩による歌を練習します。・初めての方もお気軽にご参加ください。

 

参加のご連絡は、mail(at)hanayasuribooks.com(相地透)にお願い致します。

 

SCENE in the pen. 101

“Deep pink oxalis”

As December arrived, the colors of the flowers began to fade from view. The shrine I visited had ginkgo leaves turning yellow, and on the ground, oxalis flowers were blooming. This oxalis, known in Japanese as “Imo-katabami”, produces deep pink flowers in spring and autumn. [December 2025]

Oxalis articulata 

 

12月になると、花の色が目に留まることは、少なくなります。そんな中でも、よく見かける濃いピンク色のオキザリスは、イモカタバミ。春にも花を咲かせます。ムラサキカタバミに比べると花の色が濃く、植物全体のサイズもかなり大きいです。

 

<Traduction en français>

SCÈNE dans la pen. 101  “Oxalis rose foncé”

En décembre, les couleurs des fleurs ont commencé à desparaître. Le sanctuaire que j’ai visité était parsemé de feuilles de ginkgo jaunies, et des fleurs d’oxalis fleurissaient sur le sol. Cet oxalis, appelé ≪imokatabami≫ en japonais, fleurit au printemps et à l’automne avec des fleurs d’un rose profond. [Décembre 2025]

 

繋・宮沢賢治(下)

追悼会に出席したもう一人の女性は、八重樫祈美子という。花巻から来たこの女性が賢治や宮沢家の人たちについて語るのを、永瀬清子は、とても快く聞いたそうだ。気になったので、少しだけ調べてみると、八重樫祈美子は、ジャーナリスト・徳富蘇峰の秘書で、彼女もまた、39歳という若さで亡くなったということだった。

今年の2月、東京に行ったことを想い出す。新宿の写真展を訪ね、向った先は、京王線の八幡山駅。千葉に住んでいた頃、東京へ行くことは多かったが、世田谷まで足を伸ばすことは、ほとんど無かった。初めて降りる駅というのは、楽しい。駅の大きさや駅前の風景。歩く人々。目新しくても、どこかの駅と似ていても、どちらも楽しい。駅は出発点である。案内板で目的地への道を確認して、歩きだす。途中、有名な雑誌図書館「大宅壮一文庫」を発見。住宅街の細い道を歩き進むと、大きな通りがあって、広い公園に辿り着いた。

この公園は、蘆花恒春園という。もともとは、文学者である徳冨蘆花・愛子夫妻が暮らしていた場所だった。1927(昭和2)年に蘆花が亡くなり、1936(昭和11)年、土地や家屋などの財産を愛子夫人が東京市に寄贈した。現在は、公園が拡張整備され、もともとの恒春園は、西側の一角に夫妻の墓地とともに保存されており、記念館も併設されている。蘆花・愛子夫妻がこの土地、千歳村粕谷に引っ越してきたのは、1907(明治40)年のこと。この前に、海を渡り、ロシアまで文豪トルストイを訪ねている。

徳冨健次郎(蘆花)は、1968(明治元)年、現在の水俣市に生まれた。民友社、國民新聞社を創立し、明治から昭和に至るまで、激動の時代の先頭に立っていたジャーナリスト・徳富蘇峰は、一つ年上の実兄。幼いころから、聡明な兄・猪一郎(蘇峰)とは性格が異なり、厳格な家風にもなじめず、自然に心の慰めをもとめた。成人して以降も、兄の存在に自暴自棄になることもあったが、自然を観察し、文章にすることに活路を見出す。随筆「自然と人生」は、自分の人生観を、目前の自然風景に重ね合わせながら、文学として成立させ、広く愛読された。フランスの風景画家・コローを紹介し、後の文学者たちにも大きな影響を与えた。武蔵野の雑木林を愛し、農作業に汗を流しながら文筆活動をする、「美的百姓」と呼んでいた生活は、後に、随筆「みみずのたはこと」にまとめられた。

徳冨夫妻が暮らしていた茅葺きの母屋に入る。きしむ廊下を歩き、隣の書院へ行く。窓の外を見ると、雑木の林立する武蔵野の林という印象は、だいぶ薄れてしまってはいるが、背の高い木々が生えていた。歩いてきた公園は、子どもたちが走り回り、散歩する人たちも多かったのだが、恒春園は、訪ねる人も少ないようで、閑寂な様子だった。

賢治の追悼会の出席者に端を発して思索が巡り、東京に行ったときの記憶に流れ着いた。賢治にしても、蘆花にしても、ロシア文学、とくに、トルストイから大きな人生の指針を得ていたことは、確かだろう。徳冨蘆花は、恒春園という庭と畑と雑木林において、人の生活の理想を体現しようとした。宮沢賢治は、もっと広い範囲を、イーハトーヴという理想郷と捉えて、農に生きる人々とともに生活の精神的、文化的な向上を目指した。

いわさきちひろのことも、少し記しておく。「いわさきちひろ若き日の日記『草穂』」(松本由理子編/講談社、2002)という本がある。これは、ちひろが1945(昭和20)年の8月16日、つまり、終戦の翌日から付けていた日記をまとめたものである。突如として終わった戦争に対する複雑な思いを、少しずつ自分に溶け込ませるように日記は綴られる。この中で、「宮沢賢治の詩をもっと読んでおけばよかった」と書いている。後年、戦争中に出会った賢治の童話が描く東北の風景は外のことを聞こえなくするほどだったことを語っており、賢治の童話に絵を描いた「花の童話集」(童心社、1969)が出版されている。

ちひろは、日記を書いていた時期からしばらくして、共産党の演説を聞き、彼らの戦中の活動を知り、入党する。演説を聞きに来ていた女性は、ちひろ一人だったという。たった一人で詩人たちの中にいた、永瀬清子。同じように一人で入党した、いわさきちひろ。

宮沢賢治をめぐって、時間と人が交錯する。文学は、作品に親しむだけでなく、脈々と繋がる想いの束をほどきながら、解釈していくことも魅力の一つである。そして、今、自分が立っている時間的、地理的な位置を知り、次の歩みを考える。私たちの時代が抱える諸問題を解決するための糸口は、きっと、文学を紐解くことで明確になると、私は思う。

 

 

繋・宮沢賢治(上)

宮沢賢治は、日本でもっとも知られた童話作家の一人といっても過言ではない。「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」「よだかの星」「銀河鉄道の夜」など代表作を挙げてみれば、多くの人が「ああ」と思うタイトルが並び出る。賢治は、1896(明治29)年に生まれ、1933(昭和8)年に37歳で亡くなる。一時、東京で暮らした以外は、その生涯のほとんどを岩手で暮らす。盛岡高等農林学校で学んだ知識をもとに、やませによる冷害に苦しむ農家を助け、自身も畑仕事をしながら、詩や童話を書いた。農民も芸術によって心豊かになるべきだと考え、「羅須地人協会」を作り、農業についての勉強会をしながら、音楽や演劇などの芸術活動を積極的に生活に取り入れた。しかし、その想いが十分に伝わる前に、もともと弱かった体に、過労がたたり、夭折する。生前に刊行された作品集は、「心象スケッチ 春と修羅」、「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」の二つだけである。

自然と文学というテーマを設定し、過去の文学者たちの自然観に迫ろうという試みを始めてから、この冬で2年になる。漠然と自然のことを書いた文学者について考えていた時期も含めるならば、4年くらいだろうか。この間、エッセイなどでよく取り上げている文学者以外にも、さまざまな文学者、表現者について関心を持ってきたのだが、宮沢賢治は、彼らの人生の一場面に登場することが、とても多い。

読書会などでもよく話題にしているのは、「雨ニモマケズ」が書かれた手帖が発見された追悼会のこと。賢治が亡くなった翌年、1934(昭和9)年の2月。場所は、新宿の喫茶店「モナミ」。賢治の弟であり、賢治の作品を世に出すために奔走する宮沢清六や、賢治の描く世界や詩に共感した詩人たちが集まった。郷里の花巻からやってきた人たちは、賢治の魅力的な人柄を語り、「星めぐりの歌」を歌って、追悼した。

会に参加していた巽聖歌は、賢治と同じ岩手出身。花巻と盛岡のあいだ、紫波町の生まれである。賢治と面識は無かったが、表現者として魅かれるところがあったのだろう、1970(昭和45)年に、文学仲間とともに賢治ゆかりの地を訪ねている。聖歌と追悼会に来ていた新美南吉は、賢治のことをとても尊敬していた。

賢治が亡くなった翌年、最初の全集が出版される。家族や名の知られた詩人たちが尽力することで、文学者・宮沢賢治は世に出るのだが、その陰で作品の整理や版元との調整など事務作業を引き受けていた人物がいる。賢治の友人であり「セロ弾きのゴーシュ」のモデルともいわれる、藤原嘉藤治である。嘉藤治は、賢治の没後、その作品を広めるため、すぐに音楽教師をやめて東京に行こうとするが、周囲に止められ、一年後、家族とともに上京する。戦時下の十年間を東京で過ごし、宮沢賢治全集の刊行に大きく貢献。全集の仕事が一段落した終戦直前、岩手に帰郷。岩手に戻ってからは、東根山麓に開拓農民として入る。過酷な労働環境にあっても、農業とともに生き、賢治の教えをまっとうした。

賢治の文学に触発される表現者の中には、嘉藤治のように土を耕し生きることを選ぶ人がいる。追悼会に出席していた数少ない女性である永瀬清子もその一人。永瀬清子は、1906(明治39)年、現在の赤磐市に生まれる。父の仕事の都合で、金沢、名古屋と転居し、名古屋の高等女学校に通っていた頃、詩を自分の一生の仕事にしようと決意する。この時期に出会った詩は、カール・ブッセ「山のあなたに」。そして、自分の詩を見てもらうため送った先は、同人誌「詩之家」を始めるため作品を募集していた佐藤惣之助であった。

カール・ブッセ、佐藤惣之助という名前が登場し、思い浮かぶのは、やはり椋鳩十だろう。鳩十は、1905(明治40)年生まれ。清子の一つ年上である。鳩十もまた、天竜川を越えて飯田まで通っていた高校(旧制中学)時代に「山のあなたに」と出会う。法政大学の学生として上京した後、惣之助の「詩之家」の同人になる。惣之助は、自費出版で作られた賢治の「春と修羅」を読み、新聞に詩評を書き絶賛した詩人。鳩十も、かなり早い段階で、賢治のことを知っていたのではないだろうか。

「女が詩なんて」と言われた時代。詩の会ではいつも、女性は清子だけだったが、信念を貫き生きた。戦中は、大阪、東京と暮らす場所を変え、戦後は、夫の地元である熊山(赤磐市)に戻る。農地改革の混乱の中、地元で農業に従事することになり、それは生涯続いた。農作業をするときは、ノートを持ち歩き、言葉や詩を書き留めていたという。<下に続く>

 

 

「冬の観察会」のお知らせ

冬の観察会のお知らせです。2025年を締めくくる観察会は、内海で開催します。観察する場所は、座頭畑の海岸です。御嶽神社・秋葉神社の森を訪ね、春には海浜植物の花が咲く浜を散策します。(写真は、10月撮影)

 

〇日程/2025年12月7日(日)

〇時間/13:30集合~15:30頃、終了予定 ※場合によっては30分ほど延長することもあります。余裕をもってご参加ください。

〇集合場所/南知多町民グラウンド・駐車場(予定) 地図はこちら

※自動車の場合は、町民グラウンド駐車場にお越しください。南知多ICから国道247号を目指していただき、国道を美浜町方面に向かうと、右側に、学校跡地の町民グラウンド(町民会館)があります(「内海南浜田」交差点から1分)。

※電車の場合は、最寄りが「内海」駅になります。12:51着の電車でお越しいただけましたら迎えに行きます。駅からは車で4分ほどです。

〇費用/無料

〇その他/観察会の前に昼食をとられる方は、各自ご用意ください。トイレは、町民グラウンドにあります。長い距離を歩きながらの観察となりますので、歩きやすい靴でお越しください。メモを取る場合は、筆記用具をご用意ください。

★予定の変更など/開催日の前に、予定の変更など、ご連絡をする事があります。その場合は、お申し込みいただいたメールアドレスにご連絡しますので、お手数ですが、当日の前に一度メールをご確認ください。よろしくお願い致します。

 

※都合により観察会は中止します。 11/28更新

 

「秋の観察会」のお知らせ

美浜町での「秋の観察会」のお知らせです。今回は、美浜町町民の森で初めての観察会です。この場所は、恋の水神社から1キロほど東にある雑木林で、小高い山(黒山)になっています。秋も深まり、枯れ葉の積もる森を山頂まで歩いて、草木の様子などを観察します。(写真は、9月撮影)

 

〇日程/2025年11月22日(土)

〇時間/13:30集合~15:30頃、終了予定 ※場合によっては30分ほど延長することもあります。余裕をもってご参加ください。

〇集合場所/恋の水神社・駐車場 地図はこちら

※自動車の場合は、「恋の水神社」駐車場にお越しください。知多半島道路「美浜IC」を出て5分ほどです。

※電車の場合は、最寄りが「知多奥田」駅になります。13:13着の列車でお越しいただけましたら迎えに行きますので、その旨お知らせください。駅からは車で5分ほどです。

〇費用/無料

〇その他/観察会の前に昼食をとられる方は、各自ご用意ください。トイレは、恋の水神社にあります。長い距離を歩きながらの観察となりますので、歩きやすい靴でお越しください。メモを取る場合は、筆記用具をご用意ください。

★予定の変更など/開催日の前に、予定の変更など、ご連絡をする事があります。その場合は、お申し込みいただいたメールアドレスにご連絡しますので、お手数ですが、当日の前に一度メールをご確認ください。よろしくお願い致します。

 

終了しました。ご参加いただきありがとうございました。