7月22日。愛知県美術館に「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展を見に行った。昨年、東京の美術館でこの展覧会は開催していて、行きたいなと思ったのだが、会期中に東京へ行く機会がなかった。今年の春、愛知芸術文化センター地下の情報コーナーでチラシを見つけて、早めにチケットを購入した。
名古屋を含む東海地方には、美術館が多い。関東で開催した展覧会が巡回してくることはよくある。京都や大阪など関西方面へ行くのもそれほど遠くない。美術展が好きであれば、名古屋は便利な都市だと思う。群馬に行ったとき、宇都宮美術館で開催していた「ライシテから見るフランス美術」展が、しばらく経って三重県立美術館にやってきた。こちらもチラシで知って見てきたのだが、巡回する会場は、どのようにして決まるのだろうか。
さて「スウェーデン絵画」展である。日中の気温が、40度近くまで上がるという予報だったからか、正午過ぎの美術館は混んでおらず、見るのにちょうど良い人の入りだった。
期待していた通り、スウェーデンという土地の風景や生活が伝わる展示だった。19世紀、スウェーデン出身の画家たちは、パリで勉強し絵画の技法を学んだ。日本人の画家たちも移り住んだ、パリ近郊のグレ=シュル=ロワン村に滞在した人たちもいた。けれども、その頃から隆盛を迎える印象派の画家たちとは、深い交流は無かったそうだ。言葉が通じず、同じスウェーデン出身の画家同士で仲が良かったからということもその理由にあったらしい。彼らは絵画の先進国フランスで技法を学んだが、その後は、故郷のスウェーデンに帰り、スウェーデンらしい絵画の制作に取り組んだ。
コローの絵にも少し似ているなと思った、湖を描いた風景画は、日常、人の生活のそばにある風景が、そのまま美しいことを教えてくれる。フランスのセーヌ河畔のリンゴの花は、白くほんのり輝いて、白い花がこのように見える時間はあるなと思った。北欧では、日没後と夜明け前に辺り一面が青い光に包まれる現象が長く続く。北欧的モチーフとしてよく描かれるそうで、独特な青色なのだろう。日没の風景画を観ると、太陽が沈んだばかりで地平線があかく、残光が青灰色の雲と混ざり、雲の下側もあかい。その絵を眺めていると、冬の夕暮れに、散歩に出かけたとき見かける空に似ている気がした。
スウェーデン国立美術館で、スウェーデンのABCと紹介される3人の画家がいる。自分が観たり、考えたりしていることとも重なり合う絵だったので、覚えておこうと思った。
一人目は、アンデシュ・ソーン。彼の出身地であるダーラナ地方は、スウェーデンでも、とくに歴史や伝統に根差した生活をしていた地方。フランスから戻ったソーンは、ダーラナに住む人々の暮らし、舞踏、音楽などを描いた。展示されていたリュートを弾く女性の絵は印象的で、着ている民族衣装は、何か象徴的な明るい赤色だった。
二人目は、ブリューノ・リリエフォッシュ。リリエフォッシュは鳥をよく観察して描いた画家。カケス、モズ、ダイシャクシギなど数点の鳥の絵が展示されていた。波間に漂うケワタガモは、繰り返し描いた海鳥。冬に知多半島に来るカモたちを思い出す。19世紀から20世紀は、鳥の生態を観察し、生息地の保護をした人がヨーロッパやアメリカなど、各地にいた。リリエフォッシュのように、鳥の暮らしにインスピレーションを得た表現者も多い。
三人目は、カール・ラーション。1989年に出版された水彩画集「ある住まい」がよく知られている。この水彩画集は、ラーション一家が実際に住んだ田舎の家を描いたもの。自然をモチーフにした家具や、植物を飾る器。慎ましくありながらも、暮らしの中に美を取り入れるという姿勢は、世界的に注目された。ダイニングでは、子どもたちも一緒に食卓を囲んだ。それは、大人と子どもが分けられていた時代において珍しいことだった。ラーションを絶賛したのは、同国の社会運動家であるエレン・ケイ。女性や子どもの権利について多数の著作を残し、母性について研究するとともに、子どもの自然な成長を重んじる教育の重要性を説いた。モンテッソーリとも共通するところがありそうだが、どうなのだろう。
美術館を出る。エレベーターで降りてきて屋外に出る。オアシス21のプランターに生えるコヒロハハナヤスリは全体が黄色っぽくなり、くったり倒れていた。地下鉄に乗って、熱田神宮伝馬町駅で降り、地上へと階段を上がると、もわっとした強烈な暑気。10年後に最高気温45度の名前がついていないと良いけれどと思いながら、足早に家に帰った。




