伊那谷をめぐる(八) 座禅草、花木、片栗(下)

4月5日。今年も喬木村の阿島祭りの季節がやってきた。3月になると、今年はどうしようかと考える。春は、いろいろすることが多くなってくるので、気ぜわしい。今年はやめておこうかなと思いながらも、半ばを過ぎてくると、やっぱり行こうと思い到る。

一年が巡って、今年もやってきた春。五穀豊穣、商売繫盛、無病息災、家内安全。地域に暮らす子どもたちの健やかな成長祈願。古くから土地に息づくお祭りは、さまざまな意味をもつけれども、大きく言えば「季節を祝う」ということなのだと思う。春には、春の祭り。夏には、夏の祭り。秋には、秋の祭り。冬には、冬の祭り。季節ごとのお祭りを自分の暮らす地域で想い描けるということは、とても、心に豊かなことだと思う。

午前中、喬木村に行く前に、飯田市梅ケ久保にあるカタクリの里を訪ねることにした。飯田インターを下りて、いつもとは反対方向である山側に折れる。この秋に登ろうと思っている飯田のシンボル・風越山(1535メートル)と、その手前の虚空蔵山(1130メートル)を右手に見ながら、笠松山(1261メートル)の麓を目指す。道は分かりやすく、道中案内も立ててあり、インターを下りて10分ほどで到着した。途中、枝垂れ桜がきれいに咲いていた。こちらに来ると、枝垂れ桜をよく見かける。伊那谷の桜は、全体的に少しクリームがかった、落ち着いた色合いをしている気がする。

開花時期を調べずに来たため、咲いているのか不安だったけれど、「終わった花もあるけれど、またたくさん咲いていますよ」とのこと。木道を歩くと、数千株のカタクリの花が咲きそろっていた。見事で楽しくなる。花は、やや赤みのかかった紫色だが、おぼろげな色。裏側が白いため、染めた花弁の色が裏に滲んだようにも見える。

しゃがんで花を観ていると、「アリがいるよ」と呼ばれた。行ってみると、胸部の赤い大きなアリが、忙しそうに歩いていた。そういえば、似たようなアリをハナノキ湿地のそばの畑沿いで見たな、と思い出す。そちらのアリは、赤い胸部が尖っていた。帰ってから調べてみると、カタクリの里で見たのは、ムネアカオオアリ。湿地のそばで見た尖っていたのは、トゲアリ。トゲアリは、朽木、枯れ木などに巣を作るムネアカオオアリなどの巣に、一時的に寄生するらしい。ムネアカオオアリにとっては天敵だ。巣を作らずに集団移動するアミメアリという種もいるし、社会性を持つと、それに従い、集団独自の行動様式が生まれる。

カタクリの里は、約1ヘクタールと広い。林縁の植物を観察しながら、傾斜を上がる。伊那谷では見慣れてきたシダの仲間、トウゲシバ、マンネンスギ、ヒカゲノカズラ。3月の訪問地では咲いていなかった、ショウジョウバカマ。一緒に来ている小学生の男の子が「スミレがあった」と教えてくれたので、行ってみる。名古屋や知多半島では見かけない種類。ほとんど白に近い、淡い藤色の花を横から見ると、距が細長く、赤紫色がよく目立つ。茎や萼、葉の葉脈や裏側が、赤みがかっている。調べてみると、ゲンジスミレのようだ。ゲンジスミレは、長野に多いスミレの仲間で、ほかには、東北、関東、中国、四国地方に隔離分布する。

なぜ遠く離れた土地に分布しているのかは分かっていない。スミレの種子散布というと、弾けて飛ぶほかに、アリによる散布が知られている。普通に考えたら、一か所から周辺に広がっていくと思うが、アミメアリのような移動性のアリが運んでいったのだろうか。そもそも満遍なくあったが、何かしらの理由で、今あるところにだけ残ったのかもしれない。分布している土地だけに共通する地質があるのだろうか。「源氏菫」という、どこか文学にも近そうな種名も相まって、気になる存在になってくる。

木では、キブシの花が咲いていた。シダの上に散っていた黄色い花は、ダンコウバイ。この木の花も丘陵地に春を告げる。ハナノキも花が咲いていた。花穂が風に揺れるハンノキの枝には、少し大きな鳥が止まっていた。「ギャッ」と鳴いて飛んだので、カケス。

ゆっくり観ているうちに、時間を大幅に超えていることに気づく。川面に棚引く鯉のぼりと、川向うの桜を見ながら、急ぎ足で下りる。入り口に戻ると、自然愛護会の方々が、一つ一つ育てた鉢植えを販売していた。タンチョウソウ、イカリソウ、オキナグサ。植木鉢を見て、みな話が弾む。カタクリも花が咲くまで、7年かかる。時間をかけて花を増やしていくには、土地の自然に深い親しみが無ければできない。名残惜しいが、喬木村へ出発。正面に見える伊那山地の麓から、明るいお囃子の音が聞こえた気がした。