伊那谷をめぐる(三) 飯田市のこと 

遠山郷は、かつての上村と南信濃村からなり、現在の行政区分でいうと飯田市に入る。遠山郷が編入した2005年の市町村合併の結果、飯田市は、東西にかけて、南アルプス・聖岳、遠山郷のある遠山川の谷あい、伊那山地、天竜川と両岸の河岸段丘、風越山のある中央アルプス・木曽山脈までを含む、広大な市域となった。

飯田市では、南信教育事務所飯田事務所が主催して、年に数回、研修講座「赤門スクール」を開催している。この講座は、伊那谷の自然、文学、文化、歴史などについて学ぶもので、椋鳩十の講座をされている菅沼さんに声を掛けていただいた。2023年の講座「椋鳩十 戦後の活躍」では、双葉社が発行していた「讀切特撰集」に物語を掲載していた頃の事情、2024年の講座「椋鳩十と読書運動」では、鹿児島県立図書館長に就任した経緯や「母と子の20分間読書」を普及させるための奔走がよく分かり、とても勉強になった。

想い出してみると、2022年の秋、喬木村の福祉センターをお借りして、名古屋から人が集まって開催した講演会では「椋鳩十と戦争」をテーマにお話していただいた。その後も毎年夏に記念館の2階で開催される講座は、訪ねるのが楽しみである。学生時代、熱心だった詩作と詩集「駿馬」についての考察「若き日の椋鳩十」。ハイジやツルゲーネフなど青春時代に親しんだ海外の文学作品が、どのように処女作「山窩調」につながっていったかについての考察「椋鳩十 若き日の読書」。ともに深く考えさせられる講座だった。

私は、自然から表現することを大切にした文学者と彼らが生きた地域に寄り添った文学研究が、もっと普遍的になされてほしいと思う。そして、その地域に現在、暮らしている人たちが、彼らが生きて暮らしていた地域に、今、自分が暮らしていることを、楽しく、誇らしく思えると良いなと思う。文学に興味があって、学芸員や文学研究者を目指す人たちには、ぜひ菅沼さんの講座を聞いてほしい。

赤門スクールや記念館を訪ねる前には、飯田の特色を知ることができそうな場所に立ち寄ることが多い。2024年10月、訪ねたのは、竹佐の杵原学校。映画のロケ地にもなった懐かしさの漂う木造校舎で、1980(昭和60)年まで使われていた。春になると、満開の枝垂れ桜を見に、人が訪ねる場所なのだが、この日は、小雨ということもあり、寂しい雰囲気だった。きれいに磨かれた板張りの廊下を歩きながら、中庭を眺める。信州の人は、学校という場所をとても大切にしていると感じる。以前、椋鳩十記念図書館の本棚に、信州の学校について書かれた分厚い本があったので、手に取ってみたのだが、県内各地の小学校について、開校当時からの沿革などが、写真とともに説明されていた。子どもたちが通う学校は、地域コミュニティにおいて、もっとも考慮されるべき中心施設。昨今の学校にまつわる報道などを思い出しながら、そのことを、もう一度、みんなで考えないといけないと感じた。

12月には、下久堅の和紙の里を訪ねた。長野で和紙の里というと、飯山市の内山紙がよく知られている。県内には、ほかにも数か所、和紙の里があり、下久堅もその一つ。飯田の紙は、元結(髷などを結うための紙紐)の紙として評判だった。落語の大ネタ「文七元結」は、江戸に元結を売りに来ていた飯田の商人・桜井文七がモデルになった噺。明治に入り、元結の需要が減ってからも、水引や障子紙など商品を変えながら、冬の閑農期の副業として、下久堅では全村で紙漉きに携わった。原材料となるコウゾは、遠山郷など近隣地域から、峠を越えて運んでいたそうだ。現在は、保存会の方が中心となって、技術を継承しており、近隣の小学校の子どもたちは、卒業証書の紙を自分たちで漉くそうである。

和紙産業は、地域の自然の産物を活かしながら、使われる材料すべてが植物由来であるため、土に返すことができる。土地の特徴を活かして、産物の異なる近隣地域をつなぐこともできる。自然の循環を活かした産業として、再び発展していくとよいなと思う。

阿島祭りに行く前に寄った座光寺のしだれ桜の前では、たくさんの人たちが記念写真を撮っていた。旧座光寺麻績学校校舎は、県内最古の木造校舎で、歌舞伎舞台を備えている。麻績という名前から、かつて麻布を織っていた人たちがいたのだろうかと考える。上郷の考古博物館は、縄文・弥生・古墳時代などの遺跡が集まっている地域にあり、古代の飯田について考えられる場所だが、訪問した日は、残念ながら時間が足りず、展示を見ることができなかった。また、ゆっくり時間をかけて、再訪したい。

 

 

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“The season of red berries”

September has arrived, yet the intense summer heat persists. Emerging from the woods where spider webs abounded, I found red berries growing. From autumn to winter, many plants bear red berries, but few have berries that split open to reveal black seeds. As autumn deepens, the leaves of this tree turn crimson and take on a leather-like texture. [September 2025]

Euscaphis japonica

 

雑木林から出てくると、ゴンズイの実がなっていました。赤い実が裂けて、黒い種が出てきています。ゴンズイの葉は紅葉するとレザーのような質感になります。

 

伊那谷をめぐる(二) 鳩十会と遠山郷

「椋鳩十を読む会(以下、鳩十会)」は、名古屋の昭和生涯学習センターで開催している読書会である。2023年、喬木村にゲンジボタルを見に行った頃、熱田では「椋鳩十が描いた世界と命の連帯」というテーマで、3カ月連続のワークショップを開催していた。このワークショップは、最初から3回と決めていたのだが、終わって、「椋鳩十の作品を継続的に読んでいく会があると、楽しく勉強になるだろう」という考えが芽生えた。というわけで、11月に準備会を開催。翌年1月から本格的に読み始めた。

鳩十会で読むのは、基本的には、伊那谷が舞台となっている物語。椋鳩十というと一般的には鹿児島の作家という印象がある。けれども、幼少時から高校までを過ごした伊那谷での体験は、作家・椋鳩十の自然観の礎である。まずは、伊那谷という土地を知りながら、そこに生きる動物たちや、人々の生活がよく分かる作品を、毎回、選んでいる。

これまでに登場した生きものは、ツキノワグマ、シジュウカラ、キジ、クマバチ、遠山犬、カイツブリ、キツネなど。少年期の出来事を題材にした、自伝的物語「にせものの英雄」や喬木村を舞台にした兄妹の物語「ひかり子ちゃんの夕やけ」も一緒に読むことで、椋鳩十が暮らしていた時代の村の生活や、心の交流を知ることができる。

影響を受けた本や詩を通して、当時の文学的な潮流を知ったり、物語の背後に戦争の影を読み取ったり。魅力的な文学者について考えることは、そのまま、自然、地理、風俗や風習、歴史、産業といった人々の生活をとりまく、さまざまな事がらについて思索を巡らせることに発展していく。また、参加してくださっている方々の子どもの頃の体験や、物語に触発されてでてくる記憶や知識などは、毎回、とても楽しく、後日、録音した話し合いの文字起こしをしていると、当日の雰囲気を思い出し、思わず笑みがこぼれてしまう。

遠山郷は、椋鳩十が頻繁に取材に訪れていた場所であり、作品の舞台にもなっている。南アルプスと伊那山地に挟まれた地域で、天竜川の支流、遠山川が流れている。訪ねたのは9月。飯喬道路を走って喬木村に入り、山道を進む。矢筈ダムのそばから、長いトンネルを抜けると、程野という地域に出る。遠山郷がある谷あいは、北へ目を向けると大鹿村、高遠町まで続き、さらにその先に諏訪湖がある。ここは中央構造線という、東は霞ケ浦、西は四国の佐田岬、九州へと続く大断層の上にあたり、その露頭がこの近くにある。

まず訪ねたところは、上村地区にある「上村まつり伝承館 天伯(てんぱこ)」。この地域に伝承される神事、霜月祭りについての展示がされている。夜を徹して行われる湯立てと神楽は、遠山郷の冬の風物誌。館内には祭りで使われる独特な面が飾られていた。霜月祭りに携わっている方が丁寧に説明してくださったのだが、人口の減少や高齢化により、地域に暮らす人だけで伝承し続けるのは難しくなっている地区もあるそうだ。

伝承館の隣りには、この地に務めていた神社の神職である、禰宜(ねぎ)が住んでいた旧家が保存されている。上村は、秋葉街道の宿でもあった。天竜川沿い、南アルプスの南端に位置する秋葉神社をめざす旅人は、その歩をとめて休息した。一階には、囲炉裏があり、二階には養蚕の道具が展示されていて、かつての山あいの暮らしが、そのまま想像できた。

移動して、日本のチロルとも呼ばれる、下栗の里で食事。「このあたりで、蕎麦の花が咲いていると聞いたのですが」とお店の人に尋ねると、夏にジャガイモを収穫したあと、ソバの種を撒くため、もう1~2週間あとだろうとのこと。帰りに、もしかしたら咲いているかも、と教えてもらった畑に寄ってみると、小さな白い花が、さざ波のように咲いていた。畦では、キンエノコロやイネ科の草が、風に棚引き、コマツナギの花も咲いていた。雑木に垂れ下がる、ノブドウの色とりどりの実が、とても濃い色をしていて、きれいだった。

最後に旧木沢小学校を訪ねる。1932(昭和7)年に開校した木造校舎。2000(平成12)年に閉校。現在は、資料館として使われており、学校の古い備品や資料などが展示されている。階段には、褪せた白黒の写真が飾られていて、校庭や集落で遊ぶ、子どもたちが生き生きと写っていた。かつては、たくさんの子どもたちが広い校庭を走り回っていたのだろう。写真を撮った方の優しいまなざしが、伝わってくる。地域がにぎやかだった時代の写真を、ノスタルジーで括ってしまわず、未来への青写真とすることはできないだろうか。そんなことを考えさせる、印象的な写真と出会えたことも、大きな収穫だった。

 

 

伊那谷をめぐる(一) 喬木村の四季

2022年8月、最初に喬木村を訪問し、早いもので、この夏で3年になった。最初に訪問した日のことを想い出してみると、飯田市から阿島橋をわたって、喬木村に入ると、交通量の多い飯田とは違い、静かだった。椋鳩十記念館・記念図書館の裏手にある駐車場に車を止めて、大きな杉が立ち並ぶ八幡神社でおにぎりを食べた。目の前のグラウンドでは、数人の子どもたちと先生がサッカーをしていて、声が響いていた。神社のすぐそばに柿畑があって、この辺りが市田柿の産地であることを思い出した。

10月に、八幡神社からはじまる「椋文学ふれあい散策路」を歩いてみることにした。椋鳩十の言葉「道在雑草中」の碑を見て、小高い山の上にある、とろりんこ公園まで歩く。道の途中には、トチの実が落ちていて、ところどころ鳥の巣箱が掛けてあった。積もった落ち葉を踏むと、ザクザクと音がして心地よかった。この辺りで出会う昆虫は、オツネントンボやアキアカネなど、知多半島で出会う虫と大きく変わらない。自分がいる場所が変わっても、馴染みのある生きものと出会うのは、楽しいものである。

この時期、柿は赤く実っていて、収穫の真っ最中。木の根元には、その場で剝いた皮が堆く積もっていた。夕日が丘公園に向かう道では、農作業をしている方に、「どちらから来たの?」と声を掛けられた。「名古屋です」と応えると、「あら、遠いところから。持って行って」と言って、もいだ柿をいくつかくださった。

椋鳩十が、ハイジを読んで感動とともに発見した、中央アルプスの山並みを眺めると、「わぁ!」と思わず声が漏れた。子どもの頃、遊んだという安養寺の境内は、イチョウの葉が色付いていて、散策路の終点となる生家そばの諏訪社でも、大イチョウの黄葉が見事だった。記念館へと戻る道すがら、お地蔵さんの足元には、サフランの花が咲いていた。

喬木村の春といえば、阿島祭り。フクジュソウが咲く早春が過ぎると、楽しい季節がやってくる。全長15メートルを超す大獅子を30人ほどの若衆たちが曳き回す。獅子は加々須川に架かる橋の上で、舞い踊る。2024年に訪ねたときには、ちょうどツバメがやってきたばかりで、電線にとまり、お囃子に負けじと、ピーピー鳴いていた。遠い旅路を経て辿り着いた喬木村で、巣をかける場所を連絡し合っていたのかもしれないな、と思った。

阿島祭りは、4月第一週の土日に行われる。村内の別の地区でも春祭りが行われ、4月は毎週末、どこかで春祭りがある。村内では第一小学校や、目抜き通りである県道18号沿い、阿島祭りのハイライトである安養寺など、いろんなところで桜が咲いている。八幡神社の桜も毎年きれいで、必ず立ち止まって見上げる。桜だけでなく、芝桜や喇叭水仙、雪柳、桃の花も、祭りを華やかにする。足もとを見れば、白やうす紫のスミレの花。タンポポ、オオイヌノフグリ、コハコベなど、野草の花も、普段は静かな村の春の賑わいに彩りを添える。

5月に九十九谷(くじゅうくたに)森林公園を訪ねた。ここには、クリンソウの群落がある。クリンソウは、サクラソウ科の植物で、段々につける花が、寺の塔の頂上につくられる九輪に似ていることから、その名がある。訪ねたときには、ちょうど見頃の時期で、赤紫やピンク、黄色のクリンソウが木道の整備された林床の湿地に咲いていた。

この辺りは喬木村でも、山あいを実感できる場所である。クリンソウには、オナガアゲハが吸蜜にきていて、湿地や池には、カワトンボが飛んでいた。くりん草園の向かいに九十九谷治山歴史館がある。実際に使われていた小屋で、禿山だった九十九谷が現在のようになるまでの歴史について写真とともに知ることができる。常に開館しているわけではないのが、少し残念である。小屋のそばでは、ダイミョウセセリを見かけた。

喬木村役場沿いに、川が流れている。小川川といい、伊那山地から天竜川に注ぐ。記念図書館には伊那谷の本がたくさんあるので、訪ねると手に取ってみる。あるとき、喬木村の自然について書かれた本を見ていると、ゲンジボタル生息場所の印が小川川に付いていた。それは見てみたいと思い、6月下旬に訪ねた。そよ風を受けながら、川面を眺めていると、カジカガエルの「コロロロッ」と、きれいな鳴き声が聞こえてくる。ゲンジボタルの光には出会えなかったが、夏の夜の喬木村散策は、いいなと思った。秋にはきっと、虫たちがたくさん鳴いているのだろう。秋の夜に、虫の音を聞きに来るのも楽しそうだ。

喬木村では、自然との楽しい出会いが、まだたくさんありそうである。

 

 

椋鳩十を読む会・9月

奇数月第3土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。椋鳩十の文学作品を読み解きながら楽しく活動しています。今回は、以下の内容で行います。

〇日程/2025年9月20日(土)13:00~16:30

〇場所/昭和生涯学習センター・美術室

〇アクセス/名古屋市営地下鉄「御器所」駅下車。2番出口を出て、御器所ステーションビルを右折し真っすぐ5分ほど歩くと着きます。有料駐車場有り(1回300円)。

地図はこちら → 昭和生涯学習センターの場所

〇参加費/大人500円、子ども(小学生以下)250円 ※資料代、会場代に使用

〇内容/①話題「伊那谷の動物について」 ②課題図書「森の住人」 ③読解「椋鳩十と戦争」~第二章 ④歌の練習

〇備考/・「森の住人」は「椋鳩十のシカ物語」(理論社)に収録されています。・「椋鳩十と戦争」(多胡吉郎/書肆侃侃房)は昨年出版された本です。椋鳩十の生涯を追いながら、本書の内容について考えます。今回は「第二章」を読み解きます。・歌の練習は、これまでに覚えた曲を歌います。楽譜の無い方は当日お渡しします。・初めての方もお気軽にご参加ください。

 

 

「鳴く虫の観察会」のお知らせ

まだまだ暑い日は続きますが、夜、外を歩くと、色んなところで鳴いている虫たちの音を耳にするようになりました。「鳴く虫の観察会」のお知らせです。今年は、半田市と阿久比町の二か所で観察会を行います。

9月6日(土)は、半田市・新美南吉記念館「童話の森」から出発して、矢勝川沿いを歩きます。下見では、心地よい空気の中、草むらや田んぼなどからエンマコオロギ、マツムシ、カンタン、クツワムシなど19種類の虫の音が聞こえました。

9月14日(日)は、阿久比町役場に集合し、近くの田んぼで虫の音を聞きます。知多半島においても数多くの虫の音を聞くことができる場所でもあり、毎年、観察会を行っている阿久比町の田んぼ周辺ですが、8月下旬に調査したところ、タイワンクツワムシなど、20種類ほどの虫の音を聞くことが出来ました。

秋になると、町でも野でも鳴いている、私たちの暮らしに身近な虫たちの音を、聞いて覚えてみたいという方は、是非ご参加ください。

 

〇日程/①2025年9月6日(土) ②2025年9月14日(日)

〇時間/①②ともに、18:30集合~20:00頃、終了予定 ※場合によっては、延長することもあります。余裕をもってご参加ください。

〇集合場所/①半田市・新美南吉記念館「童話の森」屋外休憩所 地図はこちら

②阿久比町役場駐車場 地図はこちら

※自動車でお越しの場合は、①②ともに無料の駐車場があります。①新美南吉記念館へは、知多半島道路からは、「半田中央IC」を下りていただき信号を右折。「岩滑西町」の信号を右折し、次の「柊町四丁目」を左折すると、スーパーマーケット「フィールエクボ」の少し先から駐車場に入れます。「岩滑西町」を直進すると、右折では駐車場に入れませんのでご注意ください。②阿久比町役場へは、知多半島道路からは、「阿久比IC」を下りていただき信号を右折。すぐにある「卯坂西」を左折すると、「卯坂」の信号にあたりますので、右折してください。そのまま県道55号を5分ほど進むと、右手に町役場があります。

※電車でお越しの場合は、①最寄りは、名鉄「半田口」駅になります。18:15着の電車(知多半田行き)でお越しいただけましたら迎えに行きますので、その旨お知らせください。駅からは車で3分ほどです。②最寄りは、名鉄「阿久比」駅になります。名古屋方面からの集合時間に近い電車は、18:09着の電車(河和行き)になります。駅から町役場までは、歩いて7~8分です。

〇費用/無料

〇その他/・トイレは、①記念館敷地内は閉まっています。隣りのスーパーマーケットにあります。②近隣にコンビニエンスストアがあります。・メモを取る場合は、筆記用具をご用意ください。・LEDライトがあると、鳴いている虫を探すときやメモを取るときに便利ですが、無くても大丈夫です。

★予定の変更など/開催日の前に、予定の変更など、ご連絡をする事があります。その場合は、お申し込みいただいたメールアドレスにご連絡しますので、お手数ですが、当日の前に一度メールをご確認ください。よろしくお願い致します。

 

終了しました。ご参加いただきありがとうございました。

 

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“Night concert in the grassland”

The season has arrived when crickets and grasshoppers vie to outdo each other in their performances. In the bustling grassland, a distinctive sound reached my ears. At first, the sound came in sharp, staccato notes, one after another, but it grew faster. Finally, the tempo changed, and the performance concluded with several long notes. [August 2025]

Ducetia japonica

 

秋の虫たちの鳴く音は、「リリリ」「シャシャシャ」「ジー」など一定のリズムで鳴くものが多いですが、特徴的な鳴き方をする虫もいます。セスジツユムシは、最初「チャ、チャッ」と一音ずつ切れながら鳴き始めますが、「チャチャチャ……」と、だんだん速くなっていき、最後はテンポが変わり、「シャーツ、シャーツ、シャーツ」と長い数音を伸ばして終わります。近しい仲間のツユムシとは、前翅と後翅の長さの比で見分けます。

 

後半の観察会スケジュール 変更と追加

2025年後半の観察会スケジュールの日程変更と追加のお知らせです。1o月「天白渓観察会」は日程を変更します。11月「椋鳩十を読む会」は、定例の第三土曜日に開催します。観察会の日程一覧は、メニューにあります「2025年の観察会日程表」でも、ご確認いただけます。

 

<10月の観察会スケジュール>

「第2回 天白渓観察会」

日時:10/12(日) 10:00~12:00(予定) ※10/13から変更しました。

場所:名古屋市天白区・八事裏山

◇春に開催した天白渓観察会の2回目です。名古屋市内に広く雑木林が残る八事裏山の、秋の様子を観察して歩きます。

 

<11月の観察会スケジュール>

「第12回 椋鳩十を読む会」

日時:11/15(土) 13:00~16:30

場所:昭和生涯学習センター・部屋未定

◇奇数月第三土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。11月の課題図書は「底なし谷のカモシカ」です。「椋鳩十のシカ物語」(理論社)に収録されています。歌の練習もあります。初めての方も、お気軽にご参加ください。

 

マツムシの引っ越し

今年も7月下旬から熱田の鳴く虫たちの音が聞こえるようになった。8月半ばを過ぎて、コオロギの仲間は、おおむね出そろったようである。

代表的な秋の鳴く虫について、今年初めてその音を聞いた日を列記してみると(代表的というのは、秋の鳴く虫とされているものでも、タンボコオロギやシバスズは、ずっと早い季節から鳴いているので)、7月27日、カネタタキ初音。28日、ミツカドコオロギ初音。31日、エンマコオロギ初音。8月8日、アオマツムシ初音といった具合である。ほかには、ツヅレサセコオロギ、ハラオカメコオロギも同じ時期に鳴いているのを確認しており、今の時期はもう、熱田を歩いていると、どこかで聞くことができる。

8月15日には、お盆の精霊送りがあり、夕方、家の前で送り火を焚いたあと、仏前のお供え物を納めるため、家から歩いて1キロ半ほどの距離にある堀川沿いの法持寺に向かう。毎年のことではあるが、ちょうど精霊送りの頃は、神宮周辺の鳴く虫が出そろっていて、よい夜の自然観察になる。道すがら、よく聞こえたのは、エンマコオロギ、ツヅレサセコオロギ、そして、カネタタキ。

お寺さんの裏手には白鳥古墳があるのだが、古墳の木々ではアオマツムシが大きな音でリーリーと鳴いていて、にぎやかだ。少し北の断夫山古墳にもアオマツムシは多い。後日、堀川沿いの対岸を歩いてみると、そちら側には木々の多い白鳥庭園があるのだが、こちらでは、アオマツムシは鳴いていなかった。理由があるのだろうか。白鳥小学校の近くでは、タンボコオロギが鳴いていて、すっかり街中にも定着しているなと思う。「ジーッ、ジーッ」と尻上がりに鳴くマダラスズの音も聞こえた。

アオマツムシでにぎやかな熱田神宮西門の前を通って、南門側から伝馬町の交差点に向かう途中、少し離れたところで「チン、チロリン」と聞こえてきた。マツムシだ。民家の庭先で一頭で鳴いている。「こんなところで鳴いていたかな?」と思いながらも、新しいマツムシスポットが見つかって、嬉しくなる。家の近くまで戻ってきたので、ついでに、毎年虫の音を聞いている新堀川沿いの草むらを訪ねてみると、昨年は聞くことができなかったカンタンが鳴いていて、ほっとした。しかし、同じ場所で、たくさん鳴いていたマツムシは、どこかへと移動してしまったようで、昨年同様、聞くことはできなかった。

三日後の18日。夜の散歩に出かけると、熱田神宮の北西にあたる旗屋交差点で、マツムシが鳴いていた。3~4頭だろうか。よく通っている場所だが、ここで聞くのも初めて。今年はマツムシを初めて聞く場所が多いなと思いながら、コースを歩いて戻ってくると、教育センターの草むらでもマツムシが一頭、鳴いていた。ここも初めて。すぐ近くの会社の駐車場脇の草むらでは、数年前から3年ほど、5~6頭のマツムシが鳴いているのを聞いていたのだが、そういえば昨年は聞かなかった。教育センター脇の草むらまでは、50メートルほどしか離れていないので、もともとそっちにいた一群が、引っ越したのだろうか。そう考えてみると、以前、伝馬町交差点で鳴いていたマツムシの音は、聞けなくなって久しいが、15日に聞いたマツムシの庭までは、100メートルほどの距離。ルーツをたどれば、交差点の草むらで毎年鳴いていたマツムシかもしれないな、と想像した。

こうなってくると、ほかのマツムシスポットも確認しておきたくなる。翌日は、以前「鳴く虫さんぽ」で訪ねた、白鳥橋の草むらに行ってみた。一頭だけいたマツムシは鳴いておらず、堀川沿いを歩くと、遠くから「チン、チロリン」と聞こえた。耳を澄ますと、対岸の草むらのようである。橋をわたると、白鳥庭園のそばの川沿いで2頭鳴いていた。

そのまま旗屋橋方面へと川沿いを歩くことにした。川沿いは、少し風があって、公園には夏休みの学生たちや、散歩している家族がいる。酷暑の毎日だけに、夜の散歩は、みんな心地よいのだろう。立ち止まって耳を澄ませていると、汗だくのランナーが追い越していった。橋に近づくにつれて、草むらからマツムシの音が聞こえ始めた。公園側の草むらからも聞こえるし、川沿いの草むらからも聞こえる。少し歩けば、また「チン、チロリン」。「鳴く虫さんぽ」をした年は、木の上でアオマツムシがにぎやかだったが、今年は真上にいない。足元に散らばった星々が、音を立てて煌めくような、十数メートルのマツムシロードを歩き、橋に到着。車の走る橋をわたり始める頃には、音は小さくなり、聞えなくなった。

 

アカボシゴマダラの夏

アカボシゴマダラという、タテハチョウ科のチョウがいる。もともと大陸の暖かい地域に生息するチョウだが、近年、日本で生息地を拡大している。1998年に神奈川県で確認されて以降、定着。2010年頃からは、関東一円で確認されるようになった。最近では、静岡や愛知、長野など中部地方でも姿が確認されるようになっている。食草はエノキ。エノキは、街道の一里塚に植えられた木でもあり、日本人の生活に身近である。アカボシゴマダラは、かつての旅人たちが長い旅路の足休めに木陰を利用したエノキを、彼らの旅の道しるべにして、関東を起点に時間をかけて南下、北上。辿り着いた地域で定着している。

アカボシゴマダラと最初に出会ったのは、昨年8月22日に天白渓を歩いていたときのことである。この年は、夏の酷暑が厳しく、名古屋では7月後半からほぼ毎日、猛暑日だった。暑さに耐えかねたわけではないだろうが、アカボシゴマダラは地上に落ちて死んでいて、在来のゴマダラチョウには無い、目立つ赤い斑で、それと分かった。

翌月12日には、同じ天白渓の森で、林内を舞っているところに遭遇。目で追っていると、木の葉の上にとまり、ゆっくりと翅を閉じたり開いたりしながら、こちらを伺っていた。すぐには飛び去らなかったので、数枚、写真を撮る。一緒に観察していた方たちと、「大きくてきれいなチョウですね」と、初めての出会いを楽しんだ。

今年7月、知多半島でチョウの写真を撮られている、チョウ撮りとんぼ・宮原一明さんから写真展のご案内をいただき、半田のアイプラザに観に行った。施設内の喫茶スペースに、知多半島で撮影された、ゼフィルス(ミドリシジミの仲間)数種の写真が展示されていて、一つ一つのチョウについて、お話を聞く。ゼフィルスは、生息場所が局所的で、時期もおおむね決まっている。5月に武豊町自然公園で開催した春の観察会では、確認できなかったミドリシジミも、その後、他所のため池付近で確認されたそうだ。ハンノキの様子など、見つかりそうな場所についてお話しながら、あきらめずに探してみるといった粘りが、自分にはもっと必要かもしれない、と思い返す。同時に、まだ出会っていないチョウの存在も知ることできて、新鮮な心持ちになった。

アカボシゴマダラのことは、話題に上った。宮原さんも、今年は特にアカボシゴマダラを見かける回数が増えたそうで、半田市の緑地で、アカボシゴマダラとゴマダラチョウが、同じ樹の幹で吸蜜していたと教えてくださった。「仲良く棲み分けられると良いのですけれどね」と話しながら、ひと時の楽しいチョウ談議を終えて、帰宅した。

ちょうど同じタイミングで、母親から、「池田さんの畑にもアカボシゴマダラが来ていたみたいだよ」と話を聞く。池田さんにお話を聞いてみると、昨年までは来たことが無く、今年が初めてとのこと。畑のある緑区以外でも、熱田でも見かけますよと、教えてもらった。熱田での記憶を振り返ってみると、在来のゴマダラチョウは、これまでに数回、熱田神宮や熱田警察署付近で見かけている。

8月に入り、お盆も明けた17日。椋鳩十研究の第一人者である、菅沼利光さんの夏期講座を聴講するため、喬木村を訪ねた。喬木村の夏も、他所と変わらず、暑い。それでも、喬木村を訪ねると、暑さ以上に気持ちが緩むのはなぜだろう。記念館の周囲は、車や電車など交通の大きな音が無い。騒がしいクマゼミはおらず、アブラゼミのジーーという音が響く。日本の四季が、本来そなえている和かな夏の情緒を、まだ感じられる場所だからかもしれない。

菅沼さんの講座は、椋鳩十の青年期の読書体験が、処女作である「山窩調」に、どのように反映されているのかが内容の中心だった。当時、日本に入ってきたばかりの海外文学からの影響、伊那谷の環境、閉塞感のある時代に対する想いが重なり合い、山の民の物語は出来上がったのでは、というお話は、自分のなかに溶け込み、楽しく勉強になった。

帰り際、記念館の入口を出たところで、アカボシゴマダラを見かけた。2023年には、隣の飯田市で確認されているので、喬木村にも入ってきたのだろう。

二日後、夏休みの参拝客がまだ多い熱田神宮の本殿のそばにも、アカボシゴマダラがやってきていた。急がずに翅を羽ばたかせていたので、ミスジチョウかなと思ったが、砂利の地面に下りると、赤い斑がすぐに見えた。周囲の木々では、ツクツクボウシが鳴き始めていて、酷暑の終わりは見えずとも、季節が進んでいることを教えてくれていた。