SCENE in the pen. 093

“End of the rainy season”

Many green dragons (They were “O-Hange.”) were spread out by a pond of the woods. The end of the busiest period for rice farming is called “Hange-syo.” “Hange” is species of the green dragon family, “Karasu-bisyaku (crow dipper).” “syo” means born. In the past, the rainy season ended and the summer heat was in full swing when those plants grew. These days, the beginning of the summer’s heat seems to be earlier. [JULY 2025]

Pinellia tripartita

 

サトイモ科の植物、カラスビシャクは、漢方名を「半夏」といいます。カラスビシャクが田のそばに生える頃は、「半夏生」と呼ばれ、田んぼの繁忙期が一段落する頃として、農事暦にも用いられました。オオハンゲは、カラスビシャクよりも大きく、とくに三つ葉の大きさが特徴的です。

 

SCENE in the pen. 092

“Ant-lion’s adult”

The hot summer continues. However, there seems to be less humidity than every year in the woods, perhaps because the rainy season was short. A flattering lacewing flew in front of me. It is difficult to imagine their beautiful appearance as larvae feeding on ants. Every time I meet them, year after year, I enjoy the fact that nature is truly a wondrous and beautiful. [JULY 2025]

Baliga micans

 

梅雨が明ける頃、雑木林にウスバカゲロウがあらわれます。幼虫は、すり鉢状の巣を砂地につくり、アリなどの昆虫を捕食するアリジゴクです。巣と幼虫は、森の中の雨が当たりづらい砂地で一年中見かけますが、成虫のウスバカゲロウが林内を舞うのは夏だけです。幼虫が巣をつくらずに徘徊する、ホシウスバカゲロウも、知多半島に生息しています。

 

SCENE in the pen. 091

“Goby on the mudflats”

Gobies are often encountered in the sea and rivers. There are many species of gobies, some of which live in freshwater, others in the sea. Many also prefer brackish water. I cannot identify them immediately. On this day, gobies with black spots lined up and gobies with black fins were swimming on the mudflats. [JUNE 2025]

Favonigobius gymnauchen

 

ハゼの仲間は、海水、汽水、淡水、それぞれの環境に棲む種がいます。干潟で見かけたのはヒメハゼ。目の前に黒い斑があり、体にも4~5の黒い斑が並びます。

 

椋鳩十を読む会・7月

奇数月第3土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。椋鳩十の文学作品を読み解きながら楽しく活動しています。今回は、以下の内容で行います。

〇日程/2025年7月19日(土)13:00~16:30

〇場所/昭和生涯学習センター・美術室

〇アクセス/名古屋市営地下鉄「御器所」駅下車。2番出口を出て、御器所ステーションビルを右折し真っすぐ5分ほど歩くと着きます。有料駐車場有り(1回300円)。

地図はこちら → 昭和生涯学習センターの場所

〇参加費/大人500円、子ども(小学生以下)250円 ※資料代、会場代に使用

〇内容/①話題「9月の『椋鳩十を読む会』について」 ②課題図書「椋鳩十と戦争」 ③読み聞かせ「ぎんいろの巣」 ④歌の練習

〇備考/・「椋鳩十と戦争」(多胡吉郎/書肆侃侃房)は昨年出版された本です。椋鳩十の生涯を追いながら、本書の内容について考えます。事前に読んでご参加ください。・熱田図書館、読み聞かせの会「ピッピの会」のみなさんに「ぎんいろの巣」を読んでもらいます。・歌の練習は、これまでに覚えた曲を歌います。楽譜の無い方は当日お渡しします。・初めての方もお気軽にご参加ください。

 

「知多半島をめぐる」写真販売

「知多半島をめぐる」シリーズの新しい写真(PHOTOS vol.5)を公開しました。つきましては、4週間の期間限定で、「知多半島をめぐる PHOTOS vol.5」写真をプリント販売します。合わせて、1月に開催した写真展の写真も販売します(※PHOTOS vol.4の写真です。こちらは「〇」のあるものの販売となります)。

私たちが暮らす、そのすぐ隣りで、静かに息づいている自然の写真を、楽しんで頂けましたら幸いです。

 

〇販売期間/2025年6月24日(火)~2025年7月21日(月・祝)

〇販売内容/「知多半島をめぐる PHOTOS vol.5」の写真、および「知多半島をめぐる PHOTOS vol.4」の写真。

〇写真仕様/B4 正寸(257mm × 364mm)・インクジェット印刷・竹和紙

〇写真代金/1点につき、13,000円(プリントのみ)

〇額を購入される場合/1点につき、5,500円

〇送料/プリントのみの場合、840円 額装1点の場合、1,270円 ※定形外郵便+簡易書留の料金となります。額装2点以上をご注文される場合は、注文確認メールでお知らせします。

 

―ご注文からお届けまで—

①「ポートフォリオ」内「PHOTOS vol.4~5」より写真をお選びいただき、フォームよりご注文ください。

ポートフォリオはこちら

②フォーム送信後、数日以内に書肆花鑢より注文確認メールを送らせて頂きます。

③メールが届きましたら、注文内容に間違いが無いかご確認いただき、指定の振込口座に代金をお支払いください。

④お振込み後、注文確認メールに、発送先ご住所とお電話番号をご返信ください。

⑤「PHOTOS vol.5」の写真は、ご注文後の制作となります。7/7までにご注文いただいた場合、写真のお届けは7/20頃になります。7/8以降のご注文は、8/4頃のお届けになります。「PHOTOS vol.4」の写真は、ご注文を承り次第、すぐに発送させていただきます。

 

SCENE in the pen. 090

“Light purple little stars”

There were little flowers in the grass in the park along the muddy canal. They are called “Hinagikyou(means small balloon-flower)” because their flowers resemble Japanese ballon-flower(means Kikyou). The little flowers, shaped like stars and swaying in the sea breeze, made me feel that summer had arrived. [JUNE 2025]

Wahlenbergia marginata

 

夏がやって来ると、草むらで細い茎を揺らしている、ヒナギキョウ。1センチほどの小さな花を咲かせます。その色はうす紫色ですが、よく見ると趣深い色合いで、色名で言うなら「紅碧」が近そうです。

 

名古屋、野歩き(四)新地蔵川

3年前に始めた西味鋺観察会も、今月、矢田川での生きもの探しで27回目となる。この観察会は、地域の方々のご協力のもと、ある地域の自然の様子を通年で観察するというテーマで開催してきた。私たちが日々生活する環境には、どのような自然の変化があり、それらがどのようにつながり合っているのか、少しずつ分かってきた気がする。

西味鋺学区で特徴的な環境というと、「川」だろう。学区の南端を流れる、川幅の広い一級河川、庄内川と矢田川。それと、北端を流れ、農業排水や治水に利用される新地蔵川。

毎年夏に行う川の生きもの探しでは、ハグロトンボやコヤマトンボのヤゴ、テナガエビ、川の魚などが棲んでいることを確認してきた。調査場所の川岸に咲く花は、特徴的な外来の植物があらわれて、消える。オオカワジシャ、セイヨウヒキヨモギなど。川岸の昆虫では、クズの根元に虫こぶを作って育つ、フェモラータオオモモブトハムシなどを見つけた。矢田川、庄内川は、西味鋺学区の代表的な観察地になっている。秋には、庄内川の河畔林にいる虫たちを知るため、灯火採集も予定している。

一方、新地蔵川は、住宅街を流れる水路である。護岸された川には、柵もあり、容易には川辺まで下りられない。これまでの観察会では、川周辺の草花を調べてきた。タンポポ、スミレ、ノジシャ、カラスムギ、ヤグルマギクなど。観察会のとき、「一度、川の中に入って調べたいね」という声があり、観察会とは別に、調査をしてみることにした。

6月8日の午後、コミュニティセンターに集合し、新地蔵川へ向かう。上から川の様子を見ると、深そうである。春にはコイがたくさん来ていて、産卵行動をしていた。産卵場所にはセキショウモが繁茂しているのだが、写真を確認してみたところ、3年前には川に無かった。この2年の間に一気に増えたようだ。

東の思清橋近くの階段は、イタドリやヤブガラシが繫茂しており、道を歩いているだけでは、階段があることにも気づかない。狭い階段を一人ずつ下りる。階段の中ほどで、ハグロトンボが飛ぶ。上で待っている小学生たちが、この後ハグロトンボを捕まえていた。

胴長を履いた生まれも育ちも西味鋺のIさんと、先生が代表して川に入る。水の深さは膝上くらい。5~60センチ。川の流れは、緩やかである。川底の感触を聞くと、石の粒が矢田川よりも小さく、歩きやすいとのこと。対岸まで歩き、川底の砂利をすくいながら、生きものがいないか確認していく。「お、大きいのがいた!」と、声が上がる。見つかったのは、甲長7~8センチのモクズガニ。上からは、コイとアカミミガメくらいしか見かけることがない、街中の水路である。「矢田川にはいるけれど、新地蔵川にもいましたね」と驚きながら調査を続ける。この場所ですくえた生きものは、ほかに、ウナギの稚魚、ヌマエビ(スジエビ?)、ザリガニの子ども、ヒル。季節が変われば、まだ何か見つかりそうである。

40分ほど調べて、西側、川の下流へ移動する。西味鋺小学校近くの橋は慈恩橋という。こちらは護岸ブロックがむき出しで、階段も分かりやすい。ふたたび柵の鍵を開けてもらい、川へと降りる。今回は大人だけでの調査なので、水に入れない子どもたちから、「近くまで下りてもいいですか?」と声が掛かる。大人からのOKが出ると、嬉しそうに下りてきて、バケツを覗き込む。大人も、子どもたちも、それぞれの興味に従い自由に観察する、いつもの会とは異なり、調査や下見の際には、時間内にすべき仕事がある。年齢に幅のある小学生たちが、水に入るのは難しそうである。だが、自分たちが暮らす川に何がいるのか知りたいという気持ちは強いはず。中学生になったら、調査にも参加させてあげたい。

慈恩橋下で見つかった生きものは、ウナギの稚魚とミシシッピアカミミガメの子ども、ゴクラクハゼ。ゴクラクハゼは、ヨシノボリの仲間。河口付近の汽水に棲むが、ダム湖やため池など淡水にも棲むそう。河口からここまでやってきたのだろうか。調査のあいだに見つけた陸の生きものは、ハグロトンボ、アゲハチョウ、モンシロチョウ、ダンゴムシ、アリ、カメ7匹、ゴマダラカミキリ、セマダラコガネ、ヤマトシジミ、ガガンボ。確認した花は、ユウゲショウ、ノハカタカラクサ、オオキンケイギク、ランタナ、ムラサキカタバミ、オオカワジシャ、コセンダングサ、テリハノイバラ、クロガネモチ、コバンソウ、名前の分からない紫色の合弁花。そして水際にたくさん生えるイグサの仲間。

次回も楽しみな、第一回目の新地蔵川調査だった。

 

 

SCENE in the pen. 089

“Crab moving forward”

I went to the mouth of the river that runs near the industrial road. The sea had receded and turned into mudflat. Walked on mudflats with stones and puddles. There were many round-bodied crabs. On closer inspection, those crabs were walking forward. They didn’t notice me and hide under stones like other crabs, but moved around looking for food. [2025 JUNE]

Pyrhila pisum 

 

マメコブシガニは、潮間帯に生息するカニの一種です。その特徴は、甲羅が丸く盛り上がっており、また、歩脚の関節が自由に動くので、前に歩きます。貝などを食べる肉食性です。

 

観察会「磯の生きものをみる」のお知らせ

南知多町内海のつぶてヶ浦で観察会「磯の生きものをみる」を開催します。この場所は、知多半島でもわりと広く岩礁が残る海岸です。干潮時にあらわれる岩場や潮だまりでは、カニや小魚など、海の生きものが活動しています。海風を感じながら、のんびりと歩いて、生きものの様子を観察します。(写真は、ヒライソガニ。2022年6月撮影)

 

〇日程/2025年6月15日(日)

〇時間/13:30集合~15:30頃、終了予定 ※場合によっては30分ほど延長することもあります。余裕をもってご参加ください。

〇集合場所/南知多町内海・つぶてヶ浦鳥居駐車場 地図はこちら

※自動車でお越しの場合は、直接、駐車場にお越しください。名古屋方面からは、知多半島道路「南知多IC」で下りて頂き、内海方面へ進みます。県道52号を進み、「内海駅東」で右折。突き当りの「内海南浜田」の信号を左折。国道247号を、師崎方面へ4分ほど走ると、日本料理「大徳」さんの隣りに「つぶてヶ浦鳥居駐車場」(無料)があります。近隣には、よく似た名前の有料駐車場がいくつかありますので、ご注意ください。道のりが不安な方は、内海駅での合流も可能です。

※電車でお越しの場合は、最寄りが「内海」駅になります。13:21着の電車(内海行き)でお越しいただけましたら迎えに行きますので、その旨お知らせください。駅からは車で5~6分ほどです。

〇費用/無料

〇その他/観察会の前に、昼食をとられる方は、各自ご用意ください。トイレは近隣にありませんので、済ませてからお越しください。磯を歩きますので、ぬれても良い靴でお越しください。帽子、飲み物など、暑さ対策をお願いします。魚をすくうための網や、バケツなどがあると便利ですが、無くても大丈夫です。メモを取る場合は、筆記用具をご用意ください。

★予定の変更など/開催日の前に、予定の変更など、ご連絡をする事があります。その場合は、お申し込みいただいたメールアドレスにご連絡しますので、お手数ですが、当日の前に一度メールをご確認ください。よろしくお願い致します。

 

終了しました。ご参加いただきありがとうございました。

 

一枚の写真から(下)

6年後、病床の南吉から作品の取り扱いを託された聖歌は、戦争が終わると、すぐに南吉の童話集を刊行し始める。1948年には、疎開先の岩手から日野に引っ越して、散逸していた書簡、日記、原稿なども積極的に収集し始める。56年に大日本図書の教科書編集委員になり、「ごんぎつね」を推薦。初めて教科書に掲載される。

南吉がまだ東京にいた頃、聖歌は北原白秋の弟・北原鐵雄が社長を務める出版社・アルスに勤めていた。日野市郷土資料館が編纂した「たきびの詩人 巽聖歌資料集 一」(2020)には、1933~34年に、聖歌がつけていた日記が載っている。この日記は、アルスでの業務日誌で、日々の業務内容が端的に記されていて、毎日忙しく仕事をしていたことが、よく分かる。紙の発注や経理なども担当していたため、取引先の名前や取引額、用紙や部数など、出版に必要な具体的な数字や現実的な言葉が記されている。当時、南吉は学生だったが、聖歌は社会人だったのだなと、当たり前のことを実感する。

南吉作品を世に出すと決めてからの奔走ぶりからして、元来、聖歌は編集者気質なのだろう。編集者の仕事は、ただ文章を読んで本にすることではなく、出すべき本を出版するために、些細なことでもきちんと考えて手を抜かないことだと思う。千春たち家族の協力もあって、南吉の作品は、世の中で広く読まれるようになっていく。

聖歌が南吉に関して編集に携わった主な本は、1960年「新美南吉童話全集(全3巻)」(大日本図書)、62年「墓碑銘 新美南吉詩集」「新美南吉の手紙と生涯」(ともに英宝社)、65年から「新美南吉全集(全8巻)」(牧書店)、71年「新美南吉 十七歳の作品日記」(牧書店)など。もちろん南吉の仕事だけでなく、児童詩や作文教育の発展に寄与する仕事をいくつも掛け持っている。全国の学校から依頼されて、校歌の作詩も数多く手掛けた。

聖歌は、1973年の春に亡くなる。全集を刊行したときに新聞記事などを切り抜いていたスクラップ帳には、「南吉よ 遅い春だったなあ けれど おれはこれで せいいっぱいだったんだよ 四十年秋 花咲ける日の南吉へ」と記されていた。

聖歌が亡くなり、しばらくして、親しい友人たちから巽聖歌全集を作る声が挙がる。準備も進められたが、出版不況のあおりを受けて全集刊行は困難となってしまう。その前段階として、詩と短歌をまとめた「巽聖歌作品集(上・下)」と、別冊の回想録が制作された。没後50年が過ぎ、全集制作再開の機運が、再び高まっていくとよいな、と思う。

作品集で詩の部分を担当したのは、聖歌の活動を友人として支えた、清水たみ子。上野公園の写真に写る女性で、彼女もまた、2010年に亡くなるまで、生涯にわたり、詩・童謡などを発表し、戦後の児童文学界の発展に貢献した。90年に発表された詩集「かたつむりの詩」(かど創房)に収録された詩には、聖歌や南吉と重なるものが感じられる詩も多い。小さな生きものたちも登場する。詩を作るために大切な事柄を、自然と共有していたのだろう。80年から刊行が始まる「校定 新美南吉全集(全12巻、別冊2巻)」(大日本図書)にも貢献。雑誌のインタビューでは、ハキハキと物を言う千春と南吉はとても気があっていた、というエピソードを、楽しげに語っている。

聖歌の没後、千春は悲しみに暮れる。「野村千春展」図録に寄せられた文章で、長女の中川やよひさんは、このように回想している。「昭和48年に父を亡くして、母は自分の絵も人生も終わったと思い、先が分からなくなっておりました時にも中川一政先生に『千春の絵が本当の絵だよ』と励ましていただき『絵を描くことは生きること、生きることは絵を描くこと』として自負をし、死ぬまで筆を持ち続けることが出来たのだと思います」。毎年、春陽会と創立時から参加している女流画家協会展に出品し続けた。

土とともに、花の絵も描いていた千春であるが、亡くなった年の春陽会展に出品された絵は「吾亦紅と女郎花」だった。一見、花なのかどうかも分かりづらい、地味ではあるが昔から親しまれているワレモコウと、華やかで女性的なオミナエシ。千春の絵では、方々に大胆に伸びるワレモコウが、寄り添うオミナエシを包み込んでいるように見える。オミナエシの別名には、想い草というものもあるそうだ。

2000年12月12日、千春は、91歳で逝去する。聖歌の誕生日と同じ日に、巡り合わせのように、天国へと旅立っていった。