歯医者からの帰り道。地下鉄の駅に向かって歩いていた。大通りの交差点では、お昼御飯を食べに行くのか、買いに行くのか、仕事着姿の人たちや近隣の大学生が信号待ちをしていた。見上げれば、高速道路の高架。近くには、改装中の国際会議場がある。この辺りは、気にしなければ、土も見つけられない都市部だが、街路樹の根元を見ると、銅板のツリーサークルの隙間にスミレが咲いていた。見るからに小さなスミレ。たぶん、ヒメスミレだろうと思い、近づいて確認する。葉の縁が軽く波打っている。距(きょ。花弁の中で前に垂れる唇弁の後方部分)を横から見ると、根元だけがややピンク色だが、白い。ヒメスミレで良さそうだ。ヒメスミレを最初に認識したのは、岩滑の八幡社の石垣だったなと思い出す。
毎年3月になると、「そろそろスミレが咲く時期だ」と、路傍に目がいく。今年も3月半ば頃から見かけるようになった。スミレは、とても種類が多い。それだけで分厚い図鑑ができるほどである。最初はどのスミレを見ても、同じように見える。スミレの花があることに気づけるようになると、今度は、どれも違う種のような気がしてくる。そうこうしながらも、毎年調べてきたからか、生活圏と観察場所で出会うスミレは、大体見分けられるようになってきた。覚えては忘れ、忘れては覚えてという繰り返しは、虫の音を覚えるのに似ている。
まず先に、有茎種(茎が地上に出ている)であるタチツボスミレの仲間だが、タチツボスミレ、ナガバノタチツボスミレ、ニオイタチツボスミレは見かけている。だが、タチツボスミレの仲間は種間交雑が多いようなので、とりあえずタチツボスミレの仲間としておく。
地上茎の無い、無茎種のスミレの仲間では、春先、最初に見つけるのは、マキノスミレ。花は赤紫色で、距がピンク色になる。葉の裏や葉柄は、赤みがかっている。まだ昆虫が動き出す前から咲き出すものもある。東海地方は、マキノスミレとシハイスミレの分布が交わる場所とされているが、これまで歩いてきた観察地で見かけるのは、マキノスミレがほとんど。シハイスミレは、よく似ているが、葉の形が異なる。
濃紫色のスミレは、植物体の大きい順に、スミレ、ノジスミレ、ヒメスミレ。そのうち、スミレ、ノジスミレは、距も花弁と同じ濃い紫色をしているが、ヒメスミレは距が白い。スミレとノジスミレの違いは、葉を見ると分かりやすい。スミレには、葉柄に目立つ翼(よく。柄から張り出している部分)があるが、ノジスミレは無い、もしくは目立たない。スミレは道路端でも野路でも、一塊になって生えている印象がある。葉も大きく、立ち上がる。
白いスミレは、紫色のスミレに比べて、見かけることが少ないので、出会ったときのことを記してみる。まずは、フモトスミレ。観察を始めたばかりの頃、大谷の高砂山公園で見たのが最初だった。葉脈の白さが目立つ葉に、ピンクに色付いた距。雑木林の道沿いに点々と咲く小さな花を探して、下を向いて歩いた。春がやってくるごとに、フモトスミレのある雑木林は見つかり、今では数か所で確認している。武豊自然公園には、フモトスミレのほかにニョイスミレ(ツボスミレとも)も咲く。ほとんど歩く人のいない湿気のある坂道で、葉を繁らせて、小さな白い花を一斉に咲かせている。
名古屋市内では、西味鋺の新地蔵川沿いを歩いて、小学校側から慈恩橋を越えたあたりに、白いスミレがたくさん咲く。シロスミレという種があったなと思い調べてみたが、シロスミレは分布と生育地が、この路傍と一致しない。葉には翼があるので、スミレの白花というのがあるのかなと思っていたら、アリアケスミレに白花があるそうだ。スミレとアリアケスミレの違いは花の色なので、このスミレもアリアケスミレで良いだろう。熱田神宮にはヒゴスミレがある。5裂した葉が特徴。この花は、ここでしか見たことが無い。
すべてではないと思うが、知多半島、名古屋でよく見かけるスミレは、大体これくらい。淡紫色で、早春に人家の近くで咲くコスミレは、まだ見かけていない。
カモのいなくなった堀川を渡り、地下鉄に乗って、熱田神宮伝馬町駅で降りる。地上に上がり空を見ると、白かった。ほのかに水色が見える部分もあるが、ほぼ真っ白。空が白くても、白い雲が分かるのは、陰影があるから。当たり前と言えばそうなのだが、陰影があると立体的に見える。空が白いと、街路樹のコブシは目立たない、だいぶ散ってきた。そういえば、観察会をしている天白渓も「白い天(そら)」だなと思いついたところで、家に着いた。
翌朝、白かった空は暗く灰色の雲に覆われて、待望の雨が降っていた。
