2022年8月、最初に喬木村を訪問し、早いもので、この夏で3年になった。最初に訪問した日のことを想い出してみると、飯田市から阿島橋をわたって、喬木村に入ると、交通量の多い飯田とは違い、静かだった。椋鳩十記念館・記念図書館の裏手にある駐車場に車を止めて、大きな杉が立ち並ぶ八幡神社でおにぎりを食べた。目の前のグラウンドでは、数人の子どもたちと先生がサッカーをしていて、声が響いていた。神社のすぐそばに柿畑があって、この辺りが市田柿の産地であることを思い出した。
10月に、八幡神社からはじまる「椋文学ふれあい散策路」を歩いてみることにした。椋鳩十の言葉「道在雑草中」の碑を見て、小高い山の上にある、とろりんこ公園まで歩く。道の途中には、トチの実が落ちていて、ところどころ鳥の巣箱が掛けてあった。積もった落ち葉を踏むと、ザクザクと音がして心地よかった。この辺りで出会う昆虫は、オツネントンボやアキアカネなど、知多半島で出会う虫と大きく変わらない。自分がいる場所が変わっても、馴染みのある生きものと出会うのは、楽しいものである。
この時期、柿は赤く実っていて、収穫の真っ最中。木の根元には、その場で剝いた皮が堆く積もっていた。夕日が丘公園に向かう道では、農作業をしている方に、「どちらから来たの?」と声を掛けられた。「名古屋です」と応えると、「あら、遠いところから。持って行って」と言って、もいだ柿をいくつかくださった。
椋鳩十が、ハイジを読んで感動とともに発見した、中央アルプスの山並みを眺めると、「わぁ!」と思わず声が漏れた。子どもの頃、遊んだという安養寺の境内は、イチョウの葉が色付いていて、散策路の終点となる生家そばの諏訪社でも、大イチョウの黄葉が見事だった。記念館へと戻る道すがら、お地蔵さんの足元には、サフランの花が咲いていた。
喬木村の春といえば、阿島祭り。フクジュソウが咲く早春が過ぎると、楽しい季節がやってくる。全長15メートルを超す大獅子を30人ほどの若衆たちが曳き回す。獅子は加々須川に架かる橋の上で、舞い踊る。2024年に訪ねたときには、ちょうどツバメがやってきたばかりで、電線にとまり、お囃子に負けじと、ピーピー鳴いていた。遠い旅路を経て辿り着いた喬木村で、巣をかける場所を連絡し合っていたのかもしれないな、と思った。
阿島祭りは、4月第一週の土日に行われる。村内の別の地区でも春祭りが行われ、4月は毎週末、どこかで春祭りがある。村内では第一小学校や、目抜き通りである県道18号沿い、阿島祭りのハイライトである安養寺など、いろんなところで桜が咲いている。八幡神社の桜も毎年きれいで、必ず立ち止まって見上げる。桜だけでなく、芝桜や喇叭水仙、雪柳、桃の花も、祭りを華やかにする。足もとを見れば、白やうす紫のスミレの花。タンポポ、オオイヌノフグリ、コハコベなど、野草の花も、普段は静かな村の春の賑わいに彩りを添える。
5月に九十九谷(くじゅうくたに)森林公園を訪ねた。ここには、クリンソウの群落がある。クリンソウは、サクラソウ科の植物で、段々につける花が、寺の塔の頂上につくられる九輪に似ていることから、その名がある。訪ねたときには、ちょうど見頃の時期で、赤紫やピンク、黄色のクリンソウが木道の整備された林床の湿地に咲いていた。
この辺りは喬木村でも、山あいを実感できる場所である。クリンソウには、オナガアゲハが吸蜜にきていて、湿地や池には、カワトンボが飛んでいた。くりん草園の向かいに九十九谷治山歴史館がある。実際に使われていた小屋で、禿山だった九十九谷が現在のようになるまでの歴史について写真とともに知ることができる。常に開館しているわけではないのが、少し残念である。小屋のそばでは、ダイミョウセセリを見かけた。
喬木村役場沿いに、川が流れている。小川川といい、伊那山地から天竜川に注ぐ。記念図書館には伊那谷の本がたくさんあるので、訪ねると手に取ってみる。あるとき、喬木村の自然について書かれた本を見ていると、ゲンジボタル生息場所の印が小川川に付いていた。それは見てみたいと思い、6月下旬に訪ねた。そよ風を受けながら、川面を眺めていると、カジカガエルの「コロロロッ」と、きれいな鳴き声が聞こえてくる。ゲンジボタルの光には出会えなかったが、夏の夜の喬木村散策は、いいなと思った。秋にはきっと、虫たちがたくさん鳴いているのだろう。秋の夜に、虫の音を聞きに来るのも楽しそうだ。
喬木村では、自然との楽しい出会いが、まだたくさんありそうである。