名古屋、野歩き(二)矢田川

矢田川は、瀬戸市の海上の森と呼ばれる山が水源となる、赤津川を源流とする。赤津川は尾張旭市で瀬戸川と合流し、矢田川に名前が変わる。矢田川は、名古屋市守山区と東区の区境を流れ、北区に入る。観察会をしている西味鋺付近で庄内川と沿うようになり、合流。その先、庄内川は清須市、大治町との境を流れながら中川区に入り、西側を流れる新川とともに伊勢湾に至る。新川側河口にはラムサール条約湿地でもある藤前干潟がある。

5月下旬、来月の西味鋺観察会の下見のため矢田川にやって来た。矢田川とは縁があり、市内で最初に観察会をしたのは、東区にある木ヶ崎公園そばの河川敷で、毎年秋に開催している「鳴く虫の観察会」。その後、西味鋺観察会が始まってからは、主にふれあい橋付近で草花を観察したり、水辺の広場で草むらの昆虫を捕まえたり、川に入って水生生物を探したり。来るたびに、都会にありながらも、空が開けた場所だと思う。以前、地元の方に教えてもらったのだが、もともと川は、もう少し南を流れていたが、頻繁に氾濫し、洪水被害が多かったため、工事によって、庄内川と沿う現在の流れに流路を変更した。

庄内川方面から、ふれあい橋を渡って堤防を歩き、いつも観察会をする河川敷に下りる。オオキンケイギクが咲いている。オオキンケイギクは毎年、問題にされるほどさまざまな場所でよく咲いているが、今年は、一層よく見かける。一昨年前に見つけたセイヨウヒキヨモギは今年も咲いていた。近くにセイヨウヒキヨモギによく似た、白と淡い紫の花があった。セイヨウヒキヨモギに白花があるのかな、と思ったのだが、調べてみると、ヒサウチソウという別種。1982年に名古屋市で最初に見つかり、現在は全国に分布を広げている。昨年、一旦刈られたクズは、再び旺盛につるを伸ばし始めていた。赤紫色に光る上翅をもつ甲虫、フェモラータオオモモブトハムシを見つけたのは、この場所。昨年のハイライトの一つとも思える出会いだった。観察会に参加している小学生の子が、クズの根元につく虫こぶを探したそうだが、今年は見つかるだろうか。そろそろ、成虫があらわれる時期である。

モンシロチョウの舞う川べりで荷物を下ろし、水に入る準備をする。川に入り、長靴に水が入らないよう、水位を見ながらゆっくりと歩く。川の流れはそれほど速くない。草の茂る岸の下あたりに網を差し入れて、がさがさと揺すりながら、砂ごとすくい上げる。網の中で、ぴちぴちとはねる川エビ。ヌマエビか、スジエビか。すぐには見分けがつかない。体長1・5センチほどのひょろっとしたヤゴと、もう少し大きい3センチほどのヤゴがいる。どちらもハグロトンボのヤゴである。見つかった生きものは他に、アメンボ(オオアメンボ?)と、おそらくヨシノボリと思われる小魚。昨年いた、コヤマトンボやアカネのヤゴは、まだ見つからなかった。数日前に、観察会に来ている子どもたちが参加した河川事務所主催のガサガサ調査では、テナガエビやカニがすくえたそうで、この日も、生きてはいなかったが大小のカニと、テナガエビの透きとおる脱け殻が見つかった。

少し下流の砂州に行くと、濃紺の木の実がつぶれて色がついていたので、上を見ると、桑の実がたくさんなっていた。熟していない赤い実と、すっかり濃い色の実。木からは鳥の声もしたが、何の鳥かは分からなかった。川と砂州を歩き、上下流を行き来する。川に沿って岸に生えている草花を見ると、ユウゲショウ、セイヨウアブラナ、ヒルガオなどの花が咲いていた。あまり見たことのないカヤツリグサがあったので、引き抜いて持ち帰り、調べてみると、イヌクグという種。ハマスゲと同じように、もともとは海岸性の植物なのだそう。

1時間半ほど川にいて、この日の観察を切り上げることにした。水のペーハーを調べていた先生に聞くと、水質はアルカリ性で、きれいだった。けれども、生きものは少ない。その理由は何だろう。探るために、もっと上流も訪ねてみようと思う。最後に魚を捕るための仕掛けを入れる場所を確認し、岸に上がった。帰り際、河川敷に一本、単独で生えるどんぐりの木陰に、自転車を止めて、寝そべっている人がいた。涼風が吹き、気持ち良さそうだ。のどかな河原の風景を見て、爽やかな心持ちのまま、川を後にした。

2週間後、川の仕掛けにはテナガエビが入っていたと連絡を頂いた。ハグロトンボのヤゴは、熱田まつりの日の夕方に羽化した。川に放すため、翅がすっかり乾き飛ぶことが出来たのを確認し、籠に入れる。しばらくして、花火の音が祝福するように鳴った。