奈良に漂う(上)

毎日生活をしていて、新聞や雑誌、本の表紙、商品のパッケージやインターネットの記事など、見ない日は無い、と言っても過言ではないほど、写真は身近に溢れている。しかし、ある有名な写真とともに「撮った人を知っていますか?」と聞かれると、なかなか、名前が思い浮かばないのではないだろうか。何かで知った写真家の名前を覚えていたとして、その写真家が撮った一枚を具体的に思い浮かべることも、やはり、なかなか難しいと思う。

日本全国を見渡しても、写真家を取り上げた公立の記念館や美術館は多くない。すぐに思い浮かぶのは、酒田市の土門拳記念館、鳥取県伯耆町の植田正治写真美術館、石元泰博フォトセンターを常設している高知県立美術館などがある。現在、写真を使った表現活動をしている人たちの作品を取り扱うギャラリーは、大都市、とくに東京に集中している。その一方で、かつて人々に愛された写真家たちの記念館は、大都市に近いとはとても言い難い、各地方の市町村にある印象だ。

奈良の仏像や風景写真を撮影した写真家・入江泰吉(1905~92)。奈良市には8万点を超す写真のほとんどを所蔵している入江泰吉記念奈良市写真美術館がある。終戦前の大空襲で焼け野原となった大阪から、出身地の奈良に戻り、生涯にわたり奈良大和路の写真を撮り続けた。それらの写真は、多くの書籍や観光用のポスターに使われ、古都・奈良のイメージを創り出し、人々の心に沁み込ませた。ただ、あまりにも広く用いられたため、現代では「ポスター写真」と揶揄されることもあるが、そのような言葉で括ってしまう感性が私には、よく分からない。間違いなく、「地域」を撮ったパイオニアの一人である。

4月、初夏を思わせるような日が続いていた。3月半ばから一ヶ月ほど慌ただしくしていたので、少し休息をとろうと思い、朝から車で奈良に向かった。目的地は入江泰吉旧居と写真美術館である。新名神高速道路を使い、滋賀県の草津から京都府へ入り、宇治の山々を越えると山城盆地に至る。開けた盆地を南に下り木津川を越える。途中、国立国会図書館関西館に立ち寄り、平城京跡を眺めて、奈良市街地に着いた時には、2時を過ぎていた。

外国人観光客で賑わう、ならまちは通らずに、近鉄奈良駅から北に歩く。奈良女子大学や県立美術館のある辺りを東へと折れる。東大寺の西の端、水門町と呼ばれる地区に旧居はあった。カメラを手に持った観光客が行き来する往来から瓦葺きの木戸をくぐり、庭へと入る。靴を脱ぎ、母屋に上がり、入館料を支払う。往来の喧騒は聞えなくなっていた。畳敷きのそれぞれの部屋は、どこにいても家の横を流れる水路のせせらぎが聞こえてくる。部屋に飾られた写真や、書棚にぎっしりと並ぶ所蔵本を眺めていると、鳥の声もよく聞こえてくる。家の建っている環境が、中にいても感じられて、とても心地よい。飾られた小さな額に写る写真家の表情は穏やかで、同時代に同じように仏像を撮影した土門拳を「剛」とするならば、入江泰吉は「柔」という言葉が合う気がする。ソファーに座って、76歳の時に発表した大型本の写真集「花大和」(保育社、1976)を1ページずつ、めくっていく。晩年は野に咲く花の写真を撮っていたそうだ。時代が流れても変わらない花の姿がきれいだった。母屋を後にして、庭を歩くと、スミレやムラサキケマンの花が咲いて、ネコノメソウはもう種子ができており、ウラシマソウは、まだ仏炎苞があらわれていなかった。

翌日、写真美術館に立ち寄る前に、周辺を歩くことにした。写真美術館があるのは春日大社の南側、新薬師寺や鏡神社などの寺社がある、高畑という地区。付近のコインパーキングに車を止めて歩き始める。閑静な住宅地の路地を歩く観光客はわずかで、青空の下、桜の花びらが風に舞っている。周辺の民家は石垣と土塀で囲まれている家が多く、その隙間ではスミレやヒメウズの花が咲いていた。

十年以上前に一度、訪ねたことがある新薬師寺の本堂に入る。本尊の薬師如来坐像は大らかではあるが、しっかりと意志を持った表情に見える。周囲には護衛する十二神将立像が囲んで並ぶ。それぞれの像は干支を象徴している。自分の干支である申の立像の前に立ってみる。兜をかぶり、両手で払子を持った立像がこちらを見ていた。観る者を鼓舞するように武具を持ったほかの立像とくらべて、一見地味でもある立ち姿に、自分の進む道を問われているような気がした。<下に続く>

 

 

SCENE in the pen. 073

“Spring cicada”

May. Walking through a wooded area by the highway, I heard the sound of insects from the pine tree tops. There were that of spring cicadas. Their numbers are declining on the peninsula and I have heard them for the first time in the last five years. I kept stopping and listening the sound of the wind through the woods, the bird and them. [MAY 2024]

Yezoterpnosia vacua

 

ハルゼミは新美南吉も好んだセミで4月下旬から5月に鳴きます。「松蝉」とも呼ばれ、春を代表する昆虫ですが、松林が身近な環境から減ったことで、生息場所を減らしています。松の木の高いところで鳴いているので、なかなか姿は見えません。このときは、羽化したばかりと思われるハルゼミが、林床に落ちていました。

ブログの内容について

月刊「HANAYASURI」休刊にともない、当面のあいだ、本ブログで以下の内容を更新していきます。

〇観察会情報=カテゴリー「イベントのお知らせ」

〇四季折々の知多の自然のこと=カテゴリー「SCENE in the pen.」

〇エッセイ=カテゴリー「エッセイ」

更新の頻度は時期によって変わりますが、観察会情報は下旬~翌月上旬にかけて、エッセイは1日頃と15日頃の更新を予定しています。ブログ版エッセイは、観察会やイベントなどで配布するプリント版から選んで掲載していきます。また、2022年にvol.72で中断していた「SCENE in the pen.」を再開します。知多半島における身近な自然の魅力を写真とともにお伝えしていきます。相地透ポートフォリオも更新していきますので、よければ覗いてみてください。引き続き、自然や文学について、楽しみながら考えていこうと思います。

 

今年度ホタルの観察会のお知らせ

5月中旬が近づき、初夏の雰囲気になってきました。そろそろホタルの季節です。今年度の「ヒメボタルの観察会」「ヘイケボタルの観察会」は、以下の日程で行います。ヒメボタルは金色の光をピカ、ピカと点滅させながら飛ぶホタルです。観察地で発光を始めるのは22時頃から。夜遅い時間で気づいている人が少ないためか、知多半島の生息地はわりと残っています。一方、ヘイケボタル(写真)は田んぼにあらわれる身近なホタルですが、環境の変化で、年々、生息地が減少しています。現在、知多半島で観察できる場所はごくわずかです。こちらはヒメボタルよりも早く、20時頃から飛翔発光します。風にのって緑色の光が田の水面をすーっと流れる様子は幻想的です。夜遅い時間の観察会となりますが、年に一度の蛍の季節、是非ご参加ください。観察会に初めて参加される方もお待ちしております。

 

「ヒメボタルの観察会」※雨天中止

〇日程/2024年5月25日(土)22:00~ ※雨天中止

〇場所/東海市の神社ともう一か所(予定)

〇参加費/無料

 

「ヘイケボタルの観察会」

〇日程/2024年6月1日(土)20:00~ ※雨天中止

〇場所/美浜町の田んぼ(予定)

〇参加費/無料

 

終了しました。ご参加いただき、ありがとうございました。

 

椋鳩十を読む会・5月

奇数月第3土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。椋鳩十の文学作品を読み解きながら楽しく活動しています。今回は、以下の内容で行います。

〇日程/2024年5月18日(土)13:00~16:30

〇場所/昭和生涯学習センター・第2集会室

〇アクセス/名古屋市営地下鉄「御器所」駅下車。2番出口を出て、御器所ステーションビルを右折し真っすぐ5分ほど歩くと着きます。有料駐車場有り(1回300円)。

地図はこちら → 昭和生涯学習センターの場所

〇参加費/大人500円、子ども(小学生以下)250円 ※資料代、会場代に使用

〇内容/①話題「4月の阿島祭り訪問のこと」②課題図書「ひかり子ちゃんの夕やけ」③歌の練習④課題図書「父とシジュウカラ」

〇備考/・「ひかり子ちゃんの夕やけ」は名古屋市図書館で借りられます。・「父とシジュウカラ」は「椋鳩十の小鳥物語」(理論社)に収録されているほか、いくつかの本で読むことができます。・椋鳩十の歌は、今回から新しい曲を歌ってみます。楽譜は当日配布します。

第一回出版文化を考える会・まとめ

先日、4/27(土)に開催した「はなやすり出版文化を考える会<第一回>」。三連休の初日ということもあって、会場となる名古屋国際会議場は、イベントホールを除いては、歩いている人も少なく、会議室433のある棟では、ほかの会議は行われていませんでした。

今回の話し合いのテーマは「定期刊行誌の役割について~月刊『HANAYASURI』休刊から考える」と題して行いました。最初は前身のPR誌「HANAYASURI」(2019年5月~2021年12月)発行について簡単に説明。その後、本題となる月刊「HANAYASURI」休刊の経緯などを話しました。

その後、資料に沿って「6つの編集方針」を具体的にどのように取り組んでいたのかを順番に話しながら、感想や意見を聞きました。

資料(PDF)はこちら → 第一回出版文化を考える会・資料

今後の部分で重点的に話した箇所は、「文学と自然」。書肆花鑢が出版活動を進める中で、重要となってくる文学者を一覧にしたリストを配布しました。万葉集から新古今和歌集、江戸に至るルーツを簡単に説明し、その後、明治、大正へ。1900年代、1910年代生まれの文学者・文化人の作品・自然観に注目する理由など、編集長としての考えを話しました。

リスト(PDF)はこちら → 重要文学者一覧

今回の資料作成と話し合いを通し、5年間続けてきた冊子発行から得られた収穫がとても大きかったことを再確認するとともに、これからやらなくてはいけないことが整理できた第一回となりました。

 

<第二回>は6/29(土)を予定しています。第一題は、今回も取り上げた重要文学者をさらに掘り下げて「文芸誌を発行する」をテーマに話し合います。第二題は、具体的に本を作り販売することについて、現在、考えているいくつかの企画案(書籍、絵本など)をもとに話し合います。

5月の観察会スケジュール

4月も終盤となり夏のような陽気となってきました。5月に見かける花をもう見かけたり、気温が大きく上がったり、今年は季節の進行が早い感じがします。来月、5月の観察会のお知らせです。初めての方、いつも来てくださっている方、お久しぶりの方、たくさんのご参加をお待ちしております。

「海浜植物の花をみる」

日時:5/5(日・祝) 13:30~15:30頃終了予定

場所:常滑市小林町の海岸

◇ゴールデンウィーク恒例の海浜植物をみる観察会です。浜辺を歩きながら、知多半島ではここでしか見られない花も観察します。

 

「椋鳩十を読む会<第三回>」

日時:5/18(土) 13:00~16:30

場所:昭和生涯学習センター・第2集会室

費用:大人500円、子ども(小学生以下)250円

◇課題図書は、「ひかり子ちゃんの夕やけ」「父とシジュウカラ」です。椋鳩十の詩による唱歌の練習もします。

 

「ヒメボタルの観察会」

日時:5/25(土) 22:00頃~

場所:東海市

◇夜遅くに飛翔発光するヒメボタル。知多半島には生息する場所がまだ残っています。観察時間は夜遅くになりますが、人の生活に最も身近な場所に生息しているホタルを観察したい方は、是非ご参加ください。

 

「ヘイケボタルの観察会」

日時:6/1(土) 20:00頃~

場所:美浜町(予定)

 

「はなやすり出版文化を考える会」1~3回内容

「はなやすり出版文化を考える会」は4月27日(土)に第一回を開催します。第一回~第三回までの話し合いの題目が決まりましたので、お知らせします。

〇はなやすり出版文化を考える会・各回の題目

第一回=4/27(土)※終了しました
題目「定期刊行誌の役割について~月刊『HANAYASURI』休刊から考える」

第二回=6/29(土)
題目1「季刊文芸誌『うみべ』の発行について~文学を通して身近な自然を考える」
題目2「本の制作と販売について~どのように制作資金を捻出し、出版案を形にしていくか考える」

第三回=8/31(土)
題目1「出版活動拠点・熱田について~土地や文化を知りながら、地域と繋がる出版活動を考える」
題目2「会社の形態について~具体的に会社の形をイメージする(働き方の形態・拠点の場所など)」

第四回=10/26(土)
題目「(未定)」

開催日は変更の場合があります。開催月の初旬にご確認ください。
開催場所は、名古屋国際会議場(名古屋市熱田区熱田西町)です。
時間は13:15~16:30です。
各回定員は15名、参加費用は各回一律1,500円です。

<参加資格>

①1977年1月1日以降生まれの方
②出版に関する知識は、まずは必要ありません。豊富な知識よりも出版について興味・関心があり、ご自身の様々な体験を通した経験をもとに、話し合いに参加できる方を歓迎します。話し合いに参加して、今、取り組んでいる活動や、携わっている仕事に活かしたい方、出版社がつくられていく過程を目の当たりに出来るという稀な機会を一緒に楽しみながら考えたい方も、ぜひお越しください。

 

 

はなやすり出版文化を考える会(4/27)

4月27日(土)開催の「はなやすり出版文化を考える会」のお知らせです。

2月に開催予定だった第一回をあらためて開催します。

内容につきましては、

〇定期刊行誌の役割について~月刊「HANAYASURI」休刊から考える

と題し、PR誌「HANAYASURI」(全30冊+1冊)と月刊「HANAYASURI」(全23冊)を計5年間発行してきた体験をお話しながら、定期刊行誌の役割について考えます。また、本誌を通して何を伝えたかったのか、今、出版活動を考えるにあたって大切なことは何か、といった編集長としての考えもお話しします。

興味のある方は是非ご参加ください。

<会場>

名古屋国際会議場 会議室433

会場のホームページはこちら

<日時>

2024年4月27日(土) 13:15開始 16:30終了 ※途中、休憩を入れます。

<参加資格>

①1977年1月1日以降生まれの方

②出版に関する知識は、まずは必要ありません。豊富な知識よりも出版について興味・関心があり、ご自身の様々な体験を通した経験をもとに、話し合いに参加できる方を歓迎します。話し合いに参加して、今、取り組んでいる活動や、携わっている仕事に活かしたい方、出版社がつくられていく過程を目の当たりに出来るという稀な機会を一緒に楽しみながら考えたい方も、ぜひお越しください。

<参加費用>

1,500円(会場費、資料費等に使用します)

<定員>

15名

<懇親会>

終了後、懇親会を予定しています(17:30~19:30、場所未定)。かしこまったものではありませんので、お気軽にご参加ください。

終了しました。次回は6月に開催します。

 

椋鳩十を読む会<野外活動1>

奇数月第3土曜日に開催している「椋鳩十を読む会」。今回は、椋鳩十のふるさと・喬木村の春祭り「阿島祭り」を訪問します。この時期は本来の農耕開始の時期に当たり、五穀豊穣を願うお祭りです。祭りでは、全長15メートルを超す大獅子がお囃子とともに村内を練り歩きます。ハイライトは、椋鳩十も幼少時に遊んだ、安養寺境内で行われる「あばれ獅子」。砂煙をあげて大獅子を曳き回し、2台の獅子がぶつかり合います。春の自然の様子を眺めるのも楽しい喬木村散策です。定例会に参加したことが無い方も、大歓迎です。

〇日程/2024年4月7日(日)※雨天中止

〇行程/12:30=椋鳩十記念館・記念図書館集合、見学。 13:30頃=阿島祭り見学に出発。※記念館・記念図書館から15分ほど歩きます。 15:00頃=阿島祭り終了。現地解散。

〇集合場所/椋鳩十記念館・記念図書館 ※記念館・記念図書館の裏手に無料の駐車場があります。

〇アクセス/バスの場合<行き>・名古屋から=名鉄バスセンター(名駅)9:00発→飯田駅11:09着 運賃2900円 ・飯田から=タクシーで約15分。<帰り>・飯田まで=タクシーで約15分。 ・名古屋まで=飯田駅17:34発→名鉄バスセンター(名駅)19:35着 運賃2900円 車の場合/名古屋から=名古屋高速、名神高速道路、中央自動車道を使い、約2時間強。

〇参加費/無料

〇その他/昼食や飲み物は各自ご用意ください。歩きやすい服装、靴でお越しください。