今年も7月下旬から熱田の鳴く虫たちの音が聞こえるようになった。8月半ばを過ぎて、コオロギの仲間は、おおむね出そろったようである。
代表的な秋の鳴く虫について、今年初めてその音を聞いた日を列記してみると(代表的というのは、秋の鳴く虫とされているものでも、タンボコオロギやシバスズは、ずっと早い季節から鳴いているので)、7月27日、カネタタキ初音。28日、ミツカドコオロギ初音。31日、エンマコオロギ初音。8月8日、アオマツムシ初音といった具合である。ほかには、ツヅレサセコオロギ、ハラオカメコオロギも同じ時期に鳴いているのを確認しており、今の時期はもう、熱田を歩いていると、どこかで聞くことができる。
8月15日には、お盆の精霊送りがあり、夕方、家の前で送り火を焚いたあと、仏前のお供え物を納めるため、家から歩いて1キロ半ほどの距離にある堀川沿いの法持寺に向かう。毎年のことではあるが、ちょうど精霊送りの頃は、神宮周辺の鳴く虫が出そろっていて、よい夜の自然観察になる。道すがら、よく聞こえたのは、エンマコオロギ、ツヅレサセコオロギ、そして、カネタタキ。
お寺さんの裏手には白鳥古墳があるのだが、古墳の木々ではアオマツムシが大きな音でリーリーと鳴いていて、にぎやかだ。少し北の断夫山古墳にもアオマツムシは多い。後日、堀川沿いの対岸を歩いてみると、そちら側には木々の多い白鳥庭園があるのだが、こちらでは、アオマツムシは鳴いていなかった。理由があるのだろうか。白鳥小学校の近くでは、タンボコオロギが鳴いていて、すっかり街中にも定着しているなと思う。「ジーッ、ジーッ」と尻上がりに鳴くマダラスズの音も聞こえた。
アオマツムシでにぎやかな熱田神宮西門の前を通って、南門側から伝馬町の交差点に向かう途中、少し離れたところで「チン、チロリン」と聞こえてきた。マツムシだ。民家の庭先で一頭で鳴いている。「こんなところで鳴いていたかな?」と思いながらも、新しいマツムシスポットが見つかって、嬉しくなる。家の近くまで戻ってきたので、ついでに、毎年虫の音を聞いている新堀川沿いの草むらを訪ねてみると、昨年は聞くことができなかったカンタンが鳴いていて、ほっとした。しかし、同じ場所で、たくさん鳴いていたマツムシは、どこかへと移動してしまったようで、昨年同様、聞くことはできなかった。
三日後の18日。夜の散歩に出かけると、熱田神宮の北西にあたる旗屋交差点で、マツムシが鳴いていた。3~4頭だろうか。よく通っている場所だが、ここで聞くのも初めて。今年はマツムシを初めて聞く場所が多いなと思いながら、コースを歩いて戻ってくると、教育センターの草むらでもマツムシが一頭、鳴いていた。ここも初めて。すぐ近くの会社の駐車場脇の草むらでは、数年前から3年ほど、5~6頭のマツムシが鳴いているのを聞いていたのだが、そういえば昨年は聞かなかった。教育センター脇の草むらまでは、50メートルほどしか離れていないので、もともとそっちにいた一群が、引っ越したのだろうか。そう考えてみると、以前、伝馬町交差点で鳴いていたマツムシの音は、聞けなくなって久しいが、15日に聞いたマツムシの庭までは、100メートルほどの距離。ルーツをたどれば、交差点の草むらで毎年鳴いていたマツムシかもしれないな、と想像した。
こうなってくると、ほかのマツムシスポットも確認しておきたくなる。翌日は、以前「鳴く虫さんぽ」で訪ねた、白鳥橋の草むらに行ってみた。一頭だけいたマツムシは鳴いておらず、堀川沿いを歩くと、遠くから「チン、チロリン」と聞こえた。耳を澄ますと、対岸の草むらのようである。橋をわたると、白鳥庭園のそばの川沿いで2頭鳴いていた。
そのまま旗屋橋方面へと川沿いを歩くことにした。川沿いは、少し風があって、公園には夏休みの学生たちや、散歩している家族がいる。酷暑の毎日だけに、夜の散歩は、みんな心地よいのだろう。立ち止まって耳を澄ませていると、汗だくのランナーが追い越していった。橋に近づくにつれて、草むらからマツムシの音が聞こえ始めた。公園側の草むらからも聞こえるし、川沿いの草むらからも聞こえる。少し歩けば、また「チン、チロリン」。「鳴く虫さんぽ」をした年は、木の上でアオマツムシがにぎやかだったが、今年は真上にいない。足元に散らばった星々が、音を立てて煌めくような、十数メートルのマツムシロードを歩き、橋に到着。車の走る橋をわたり始める頃には、音は小さくなり、聞えなくなった。