先日、椋鳩十を読む会で、「大造じいさんとガン」の舞台となった池について、みんなで話をした。「大造じいさんとガン」の前文には、霧島連山の西の端にあたる栗野岳で猟をしていた大造じいさんが、話し上手の人で、その中にあったガン狩りの話をもとに作ったとある。丁寧な観察と、入念な取材をもとに書くことが信条であった椋鳩十の物語なので、実際にあった話なのかと思ってしまう人もいるが、そうでは無く、老猟師から聞いた話に、想像力と戦時下に生きる子どもたちへの想いを加えて、真に迫る作品とした創作物語である。
物語は、作ったものだが、ガンと大造じいさんの知恵比べの場となった池は、実際に存在する。鹿児島県姶良郡湧水町にある、三日月池である。湧水町という名が示す通り、霧島連山の山麓に位置する、この地域では、湧き水がたくさん出る。霧島連山は、日本有数の火山地帯であり、栗野岳も火山なので、温泉が出るところも多い。この三日月池も湧き水によってできる池で、江戸時代の貴重な郷土資料である「栗野由来記」には、「形状半月に似て周廻十六町、冬は出水なく、夏五月に水出ず」とあるそうだ。つまり、雨水を溜めるために、黒鍬衆によって掘削された、知多半島のため池とは異なり、大地の仕組みにより季節ごとに水があらわれたり、消えたりする池。そのような水辺には、ため池を好む植物とはまた異なる植物が自生する。この三日月池は、ノハナショウブの自生南限地なのだそうだ。
湧き水ということでいうと、名古屋や知多半島を含む東海地方には、湧水湿地が点在している。知られているところでは、「東海丘陵湧水湿地群」という名称で、豊田市にある3つの湿地がラムサール条約に登録されている。湿地や湿地周辺に生える植物は、東海地方特有の植物が多く、東海丘陵要素植物と呼ばれる。15種類と、それほど多くないので、種名を列記すると、木本は、シデコブシ、マメナシ、ヘビノボラズ、モンゴリナラ、ヒトツバタゴ、クロミノニシゴリ、ナガボナツハゼ、ハナノキの8種。草本は、ナガバノイシモチソウ、トウカイコモウセンゴケ、ヒメミミカキグサ、ミカワシオガマ、シラタマホシクサ、ミカワバイケイソウ、ウンヌケの7種。聞いたことのある名前もあるのではないだろうか。
湧水湿地は、湿原とはでき方が違う。地表近くを流れる地下水が斜面に流れ出ることで湿地になる。環境の変化を受けやすく、開発や崩壊によって無くなってしまった湿地は数知れない。逆にいうと、それくらい人の生活に身近な場所に湧水湿地はあって、その水辺には、季節ごとに花々が咲き、水生昆虫が暮らし、野生動物がやってきていた。ただ、身近に湿地があることの重要性が、きちんと知られていたのかというと、そうではなかった、ということだろう。各地には、湿地の重要性に早くから気づき、保全活動や周知の活動をされてきた方々がいる。そうした方たちの地道な活動を、もっと多くの人たちに知ってほしい。
椋鳩十の話に戻ると、伊那谷にも、そんな湧水湿地がある。3月半ばから4月上旬にかけて、飯田市や周辺地域の湿地では、ハナノキが赤い花を咲かせる。3月下旬に訪ねてみたところ、まだ葉の出ていない木や枝を彩る花は、小さいながらも鮮やかで、野の春を祝福しているようだった。年度の変わり目は、桜だけでなくハナノキやスミレも咲く季節だ。
3月上旬に、講座を聴講するため新美南吉記念館を訪ねた。内容は、2年前の春季企画展示「君は即ち春を吸い込んだのだ~南吉のセンス・オブ・ワンダー」をもとに、館長の遠山さんが、レイチェル・カーソンの語る「センス・オブ・ワンダー」と南吉の自然に対する感性を重ね合わせて論じたお話。南吉の創作姿勢、北原白秋の教えや宮沢賢治の表現といった文学に生きた人々の話と、科学者・レイチェル・カーソンの言葉が、心地よく融和していく。とくに、南吉が安城高女の生徒たちに伝えたかった想いについては、すんなり腑に落ち、とても楽しい講座だった。文学が好きな人たちだけでなく、子どもと関わる仕事をされている人たちが、この講座の話を聞ける機会が、これからたくさんあると良いなと思う。
新美南吉は、「この泉の水を汲んでくれ」といった。学芸員である遠山さんは、南吉の泉の水を汲んだ。南吉に限らず、自然を観察し、表現の源泉としていた文学者はたくさんいる。泉は、勝手に水が湧き出てくる不思議な場所ではなく、自然の因果にもとづき、地下を流れている水が、雨の影響で地表にあらわれるところ。地表に出た水は、いつのまにか周囲を潤し、多くの人たちが水の恵みを知る。これから、地下水が流れ出すほどの雨が、きっと降るはずだ。雨を降らせる人、水を汲む人が、各地に増えていく未来が待ち遠しい。
